第5話

なごり雪
2
2024/06/06 09:00
春が近づいてきたというのに、江戸には雪がちらついていた。
お桃は伊勢屋の塾でお千代の手伝いをした帰りだ。
お桃
お桃
それじゃあ、今日もありがとうございました
お千代
お千代
こっちこそ。でも今日は遅くなったから気をつけなさいね
家に帰ると、お鷹の姿は見えなかった。
お桃
お桃
姉さん?どこにいるの?
家の裏や周りまで隅々と探した。
しかし、見つからなかった。
他の人に聞きに行こうと歩き出したその時、ばったりと誠之助と出会った。
誠之助
誠之助
…お鷹さんを探しているんだね?
お桃
お桃
ええそうですけど。見つかったんですか?
誠之助
誠之助
いや、実は俺も探しているところなんだ
誠之助とともに、お鷹の行方を聞きに行ったが、誰一人として知っているものはいなかった。
誠之助
誠之助
見つからなかったね
お桃
お桃
いえいえ、一緒に探してくれただけでありがたいです
お千代
お千代
…お鷹さんの行方を探しているんだね
誠之助
誠之助
お千代さん、いつから
お千代
お千代
たまたまですよ
お千代
お千代
お鷹さんは裏の道に詳しいんです。だからそっちにいるかも知れないですよ。でも危ないから行くのはおよしなさい
お桃
お桃
そうしましょう。誠之助さん、帰ろう
誠之助
誠之助
あー…今日も会えなかったなあ
お桃
お桃
会えなかったって、誰に?
誠之助
誠之助
お米さんだよ。今度あったら、合わしてあげるよ。俺を直してくれた医者の娘さんさ
結局、お鷹が帰ってくることはなかった。
お桃
お桃
いまどこで何をしているんだろう
次の日。
寺子屋に向かう途中、誠之助とあった。
誠之助
誠之助
あ、ちょうどよかった。お米さんだよ
お桃
お桃
あたしはお桃です、よろしくお願いします
お米
お米
よろしくね、お桃ちゃん
お勝は顔はきれいだったが声が低く、声だけ聞けば男のようだった。
誠之助
誠之助
ちょっと話ししたいことがある。お米さん、先に中に入っていてくれ
お米
お米
分かった
誠之助
誠之助
およねさんって、どっかであったような気がするんだよ
誠之助
誠之助
誠之助
誠之助
ああ、何か雰囲気が俺の幼馴染に似ているんだ
誠之助
誠之助
お勝という。確か…医者の子だったような
お桃
お桃
幼馴染?誰?
誠之助
誠之助
…忘れてくれ。俺もちょっと記憶が曖昧だし、気の所為だよ
お桃
お桃
分かった。私はもう手伝いに出なきゃいけないから、またね
誠之助
誠之助
おう、またね
その日は特に何事もなく仕事をこなした。
しかし、ある一人の少年の答案を確認した時だ。
お桃
お桃
はい、答えは二千三百六十ね
そろばんを文机に叩きつけた。
音を立てて五の珠が落ちる。それを見た時だ。
お桃
お桃
ふっと、何かを思いついた。
その日の夜。
昨日と同じように自分の分だけの食事を作り、食べ、そして寝た。
朝起きると、お鷹が何食わぬ顔で座って、お茶を飲んでいた。
お桃
お桃
姉さん
お鷹
お鷹
ん?なんだい?
お桃
お桃
心配したんだからね!ずっと帰ってこなくて!
お鷹
お鷹
ごめんね。私もちょっと、調べたいことがあってさ
お桃
お桃
調べたいこと?もしかして、お梅さんや誠之助さんのこと?
お鷹
お鷹
そうだよ
お桃
お桃
何か、分かったことがあったの?
お鷹
お鷹
一応、ね。誠之助と関わりがありそうなんだよ
お桃
お桃
あ、それ私も思った!それでね…
お桃は自分が考えたことを、お鷹に語った。
お鷹
お鷹
そう…そうだろうね
お桃
お桃
あ、姉さんもそう思う?
お鷹
お鷹
そうだよ
お千代
お千代
わかったことって、何?
いつの間にか、お千代がいた。
お桃とお鷹は考えたことを全て、お千代に語った。
お千代
お千代
そう…でもそれを証明するためには、本人に直接会わなければいけないわね
お桃
お桃
そう…その人に、今すぐ会いたい!それでとっちめてやる!
お千代
お千代
…お仕事は?
お桃
お桃
はっ!そうだった!
お千代
お千代
やっと思い出したのね
お桃
お桃
じゃあ、本人に会うのは
お鷹
お鷹
今日の夜にしよう。みんな、それぞれの仕事があるしね
お鷹
お鷹
そうだ。誠之助も連れて行こう
お桃
お桃
そうしましょう!
そして三人は、それぞれの仕事に入った。
そして、夜になった。お桃は仮名手本と紙、墨壺、そして筆を持ってその「本人」のところに向かった。
お桃
お桃
…犯人はあなた、お米じゃないですか?
お米
お米
違う!私じゃない!
お桃
お桃
違うんですか…
お鷹
お鷹
ではあんたの名前、じっくりと考えな
仮名手本を見せる。
お桃
お桃
あなたの名前…「およね」でしたよね
お米
お米
う、うん
お米の顔にかすかな動揺が見られた。
お鷹
お鷹
そして誠之助の幼馴染の名前
お鷹
お鷹
誠之助、言いなさい
誠之助
誠之助
あ…ああ。あいつの名は「お勝」だ
お米とお勝と、紙にひらがなで書く。
お桃
お桃
ではこちらの本で
仮名手本を開く。
お桃
お桃
お勝のかつ。それを一文字ずらすと…
お桃
お桃
およねになりましたね
お鷹
お鷹
どうだい?何か、異論はあるかい?
お米
お米
あ…ああ…わたしはお勝だよ。いや…「お勝だった」んだよ
お勝
お勝
…誠之助、あんたのせいで
お桃
お桃
ど、どういうことですか?
お勝
お勝
誠之助と私は、夫婦の契りを結んだんだよ
誠之助
誠之助
そ、そうだったっけ…?
お勝
お勝
忘れたのかい?道端で遊びながら、私に「俺の嫁になってくれ」といったじゃないか
誠之助
誠之助
いや…そんな記憶はないな
お勝の声はどんどん低くなっていく。
おそらく、岸やの一家を惨殺した際は男装でもしたのだろう。このように、低い声で。
お勝
お勝
それなのにあんたは、きれいなきれいな女と…
誠之助
誠之助
いや、済まなかった!
誠之助
誠之助
許してくれ!
お勝
お勝
そんなことで私が許すとでも思ったか?
お勝
お勝
もう…あんたが死ねば、私もスッキリすると思ったのに
お勝
お勝
なんで生き残るんだよ!
誠之助
誠之助
そんなん俺が知ったことじゃ…
お勝
お勝
死ねええー!
お勝は懐剣を手に、誠之助の喉元に振りかぶった。
そして刃が誠之助の喉に当たるか当たらないかというところまでいった。
お桃
お桃
(もう、だめだ…)
そう思った瞬間、お鷹のひらめくような手刀がお勝の手首を打った。
お勝
お勝
いっ!何すんだよ、てめえ
お鷹
お鷹
お梅やその親が受けた痛みは、こんなもんじゃなかったはずだ
お鷹の射抜くような視線が、より一層鋭さと冷たさを増したような気がした。
お鷹はお勝の腕を掴み、きりきりとねじ上げた。
お勝
お勝
腕が、腕が…!
お鷹
お鷹
親の医者から毒を盗んでくるのは、大変だったろうなあ…
誠之助
誠之助
お勝!覚悟!
不意に誠之助が、お勝の鳩尾みぞおちに蹴りを入れた。
ドサリと音を立てて、お勝が倒れた。
お桃
お桃
誠之助さん…これは、ちょっとやりすぎでは…
誠之助
誠之助
いいんだよ、もう
すべては終わった。それだけのことだ。

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