「明日、世界が終わるの」
君は、ある日、初めて出会ったあの場所でそう言った。
「君には…もう、会えないの」
「……は?」
僕が何もわからないままでいるのに君は、ずっと同じことを言う。
「世界が終わるの」
相変わらず意味は分からないが、僕は不意に言った。
「逃げよう」
明日世界が終わるなら、楽しく逃げて笑っていた方が良い。
君と逃げた。
小さな逃避行をした。
もし明日本当に世界が終わるなら、いつもの様に君に、『また明日』と言って手を振っても叶わないのかな。
「仕方ないか」
でも明日世界が終わるなんて考えられない。
『明日世界が終わるの』
君が言っていた言葉を思い返す。
もし世界が本当に終わるなら、いつか君に聞かせた有名なあの曲を聞きたい。
そしたら君はまた
『いい曲』
そう言って笑うのだろうか。
薄暗闇に包まれた、見覚えのない小屋の中で目を覚ます。
そうだ。この場所泊まったんだ。
忘れていたことを思い出す。
でも隣に居た筈の君が居なくて急いで外に出る。眩しくて、思わず目を細める。
ここが夜のない世界の様に思えた。
今日で終わると思っていたこの世界。
だって君がそう言ったから。
「終わらなかったよ」
僕は言った。
でも君は微笑みながら、首を振るだけ。
今日みたいな晴れた日とは正反対の、土砂降りの日。傘が飛んでいく程強風の。
そんな日に君と出会った。
「本当に素敵な思い出だった」
「ありがとう」
「さよなら、私の世界」
それだけ残して君は消えた。
君は何処かへ行く。
君の音が遠ざかって行く。
ここには僕一人。
淀んだ空気の中で一人ぼっち。
目の前にいた君は居なくなっていた。
僕は走り出した。
学校に向かって。
友人たちに君がどこに行ったのか聞く。
でも誰も覚えていなくて。
家に帰った。
机の上にはいつか君にあげた筈のビターチョコレートがあった。
「違う」
ありふれたあの日々をただ思い返す。
君と行ったゲームセンター。
君が来た僕のアルバイトの店。
君とした逃避行。
君は終わりが来ることを待っていた?
君に教えた僕の過去。
本当は絵を描きたかったこと。
僕だけが家計の中で一番落ちこぼれなこと。
君に僕の好きなバンドの曲を聞かせたこと。
その曲を君が高く評価したこと。
あのメロディをまだ忘れられない。
でもそんなメロディとも、君は今日でさよならしたんだ。
10年後
小説が思いつかず、一人、都会の街を歩く。
あの時あの枝垂桜の木の下。
周りの営みの消えた街の中で、明日には終わる今日に君は何を願って、何を祈ったのだろう。
不意に何処からか聞こえてきたピアノの音。
それは、あの日の、遠いあの日の音。
誘われるままに、呼吸を合わせる様に。
君と重ねた音。
重ねた唇。
重ねた音はとても心地よくて、それでいてとても懐かしいような。
幾つも溢れてくる。
いつしか蓋をして閉じ込めてしまっていた記憶。
あの日。
音を奏でる様に思い出を連れてきた風。
気が付けば止まった風。
気が付けば止まっていた自分。
気が付けば居なくなっていた君。
いつの間にか流れていた大粒の涙。
続きを鳴らそう。
ありふれたあの日々をただ思い返す。
そうして書いたヒット作。
でも君が居なくて。
とても辛くて。
いつしかこの世界で終わりが来ることを待っていた。
君が居なくなってしまった辛い過去も。
叶わないなら出会わなければ良かったと思う程、嫌な記憶も。
君と聞いたあの忘れられない曲も。
さよならしたい。
今日ここで好きなようにただ音を鳴らす。
最後の日に二人きりで居た、あの枝垂桜の木の下で。
ありふれたあの日々をただ想い、涙し、奏でるこの音が、君の声に重なった様な気がして。
あたりに響いた。
『明日、世界が終わるの』
「明日、世界が終わる…」
君の言葉を復唱する。
もしもあの日世界が終わらなくて、君と僕に明日がやって来ていたとしたら。
「ねぇ」
「その時は二人一緒に」
なんて
【完】













編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。