第46話

母親
29
2024/08/27 08:14 更新
新しい家で住むことになってから一ヶ月位経った。あんなに沢山あった荷物は狭い部屋の中に綺麗に置かれていて、僕はソファに座っている。
今は朝の七時。
あともう少ししたら近所の子供達が学校にいく時間だ。その時の子供達の声が僕の心を不安にさせる。
学校にこの一ヶ月行っていないし、勉強すらしていない、というか、お母さんにさせて貰えない。新しい家に暫く居てもお母さんの精神はずっと良くならないどころか悪くなっていっている。
夜から朝の九時位までずっとずっと帰ってこない。だから僕はテレビを見たりして待っている。勿論ご飯は自分で作る。お母さんは料理のみならず家事全般しない。だから僕がお母さんの分もやらないとならない。
辛いと思った事は無い。
だってお母さん帰ってきたら、家にいるよりピリピリしてなくって、優しくしてくれるのだもの。だけど帰ってくる度、変な置物とか絵画とか聖水にはとても見えないペットボトルに入った白濁はくだくとした謎の液体を持って帰ってくる。
それは何...?
と聞いてもいつも、
葉月母
葉月母
ありがたい物よ。
としか返ってこない。
だから僕も最近は
それは何...?
なんて言わなくなった。どうせ何も教えてくれないのだから。
僕は外にいる小学生達が学校に行くのを見送って、それからソファに寝転ぶ。
どうして僕だけ学校に行けないのだろう。前まではきちんと行かせてもらえたのに。お母さんも、その事を口にしたがらないし、話題に上げない。だから僕も口にしないし、話題にも上げない。

ふと、おでこに手を当ててみる。
中野 葉月
中野 葉月
.......熱い。
昨日の夜から変だとは思っていたけれど、目覚めてから明らかに体調が悪かった。
だけど昨日の時点でお母さんに体調が悪いかもしれない、と伝えた。だが、お母さんは僕の話を聞いた途端、顔色を悪くして、あの不愉快でしゃくに触る金切り声を上げた。
葉月母
葉月母
嗚呼、きっと悪の組織に良くない物でも盛られたのだわ!
教祖様にお願いして、お清めをしないと...!
聞き取れたのはそれだけで、あとは声にならない叫び声。
そして何やら電話で誰かと話していたが、その内容は僕の頭では理解できない物だらけだった。
ただ聞き取れた言葉、それは、

教祖様。
悪の組織。
追われている。
僕が誘拐。
どこかのおとぎ話かと疑うような話だが、
僕が誘拐。
という言葉には身に覚えがありすぎる。だって、つい最近、誰かわからない人に誘拐されたのだもの。
だけどお母さんが返してくれたらお金を沢山あげる、と近所の人達に話していたら、誘拐犯の耳に入ったみたいで、誘拐犯はお母さんに話をつけた。
男
あの餓鬼がきをアンタに返したら大金やるって、ほんとなのか。
葉月母
葉月母
ええ、本当ですわ。
誘拐犯はニヤニヤと笑いながら、
ちなみにいくら位だ?
とお母さんに囁くように言った。
お母さんは微動だにせず、少し微笑んで、
葉月母
葉月母
ざっと、百万円ですわ。
誘拐犯が反応する前にお母さんは、
ただし。
と強調するように付け加えると、
葉月母
葉月母
貴方がその子を返してくださったら、ですけれど。
お母さんは口を三日月のようにして言うと、誘拐犯は口を大きく開いて声は出さずに笑う、と言うよりニヤリとした、という方が正しいだろう。
大きく開いた口の中から黄色い歯がよく見える。
男
ようし、わかった!
コイツは返そう。
そして僕は無事に家に帰れた。
でも、その誘拐犯が僕は誘拐しても必ず大金が手に入るとでも広めたのか、立て続けに誘拐された。もう五回目ともなると慣れてきて、抵抗すらしなくなった。
だって必ず帰れる事が確定しているのだから。
お昼頃。僕は食欲はあったので、ご飯を炊いてふりかけを掛けておにぎりにした。それとインスタントの味噌汁を用意して簡単なお昼ご飯にした。
中野 葉月
中野 葉月
...早くお母さん帰って来ないかな。
お昼ご飯はあまり味がしなかった。
...三時。
身体が重い。それに朝より熱が酷くなってる気がする。
あと、お母さんの帰りが遅すぎる。
もしかして、何かあったのかも。
と、よくない考えてが頭をよぎる。
その時。
葉月母
葉月母
ただいま。
お母さんが帰ってきた。
僕はお母さんの元に走り、すがるようにお願いした。
中野 葉月
中野 葉月
お母さんお願い。
病院に連れて行って。熱が酷いんだ。
するとお母さんは僕を抱きしめた。
中野 葉月
中野 葉月
えっ。
葉月母
葉月母
葉月、ごめんね。駄目な母親で...。
お母さんのせいでこんな可愛そうな目にあっているのよね。
お母さんの声は鼻声で、時折鼻を啜る音が聞こえる。
僕は何も理解出来ずにその場でお母さんのされるがままに抱きしめられていた。
中野 葉月
中野 葉月
お母さん...?
その...。
病院...。
とそこまで言うと、お母さんは耳元で大きな声で叫んだ。
葉月母
葉月母
駄目よ!
貴方は悪の組織に狙われているのよ。
葉月母
葉月母
それがわかっていて言っているの...?
耳がジンジンと熱を持って、奥からなんだか凄く高い音が聞こえて、他の音が聞こえない。
頭がぐらぐらとして立っていられない。
悪の組織...?なんなのだそれは一体?
これまでの人生で一度も聞いたこともない。
だがこれ以上の事は考えられない。とにかく身体が急に重くなって、沈んでいく感じがする。
誰かが僕の名前を呼んでいる。
だけども今は眠いんだ。あとにしてくれ。
今は...ただ.......。

プリ小説オーディオドラマ