前の話
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深い森の奥、苔むした石窟に冷たい静寂が満ちていた。そこには、まるで時間が止まったかのような空間が広がり、中心に巨大な石の台座があった。その上には、屈強な体躯の男、エピフィリムが横たわっていた。彼の白い肌は月光を反射し、背中に生えた捻れた羽根は、まるで古代の呪文が形を成したかのように不気味に揺らめいていた。千年もの間、彼は眠り続けていた。伝説によれば、エピフィリムの目覚めは世界の均衡を変えるとされ、その鍵を握るのはただ一人の人間だけだった。
その夜、石窟の入口に一人の男が立っていた。敷島だった。彼もまた屈強な体を持ち、鋭い目つきと硬派な雰囲気を漂わせていたが、その表情には温かさと優しさが宿っていた。白い肌に灰色の革ジャケット、肩に担いだ古びたリュックからは、旅の辛苦が滲み出ていた。敷島は石窟の奥を見据え、深く息を吸った。彼の手には何も持たず、ただ胸の内に秘めた歌だけがあった。
「エピフィリム…君を起こす。もう、寝なくていい」敷島は呟き、ゆっくりと石の台座に近づいた。月光が彼の顔を照らし、決意に満ちた瞳が輝いた。
敷島は膝をつき、エピフィリムの眠る姿を見つめた。その顔は、まるで苦しみも喜びも知らぬ彫刻のようだった。敷島は目を閉じ、胸の奥から湧き上がる旋律を呼び起こした。彼の声は低く、力強く、しかしどこか優しさに満ちていた。歌が石窟に響き始めた。
夜の静寂よ、聞け、私の声を 星の彼方
時の鎖を断ち切れ 眠れる魂よ、翼を広げて
今目覚めて、運命の夜に
闇を裂く光、私の胸に宿る 千年を越え、呼びかけるこの歌 友よ、立ち上がれ
共に歩もう 世界が待ってる、君の力を
敷島の声は、初めは静かに、しかし次第に力強く石窟を満たした。歌詞の一語一語が、まるで魔法のように空気を震わせ、苔むした壁に反響した。エピフィリムの羽根が微かに動き始めた。まるで歌に反応するかのように、捻れた羽根がゆっくりと広がり、石の台座に小さな亀裂が走った。
敷島は歌い続けた。彼の声には、硬派な男の強さと、誰かを守りたいという優しさが込められていた。歌はエピフィリムの心の奥深くに届き、千年の眠りを閉ざしていた扉を叩いた。やがて、エピフィリムの指がわずかに動き、閉じていた瞼が震えた。
「おはよう、エピフィリム」
敷島の声が彼に行き届いた。
「君が必要なんだ」
その瞬間、エピフィリムの目が開いた。金色の瞳が月光を捉え、まるで星が瞬くように輝いた。彼の羽根が大きく広がり、石窟全体が震えた。埃と光が舞い上がり、エピフィリムはゆっくりと身を起こした。彼の声は低く、しかし力に満ちていた。
「…なぁに?」
エピフィリムは呟き、目の前の男を見据えた。
「その歌…いいなぁ……」
敷島は笑みを浮かべ、立ち上がった。
「千年も眠り続けて…さすがに、体鈍らない?」
エピフィリムは首を振って軽く笑った。
「大丈夫、鈍らないよ」
彼は羽根を軽く動かし、石窟の空気を揺らした。
敷島は真剣な眼差しで答えた。
「この後、一緒に行こうか」
エピフィリムはしばらく黙り、敷島を見つめた。やがて、彼は頷き、台座から降り立った。
「うん、良いよ。行こう!」
二人の男は石窟を後にした。敷島の歌が、千年を越えてエピフィリムを目覚めさせた夜は、新たな物語の始まりだった。月光の下、二人の背中が遠ざかり、夜の静寂に再び歌が響いた。
夜の静寂よ、聞け、私の声を 星の彼方
時の鎖を断ち切れ 眠れる魂よ
翼を広げて 今、目覚めて、運命の夜に












編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。