伏黒 side
『 あんなこと、言うべきではなかった。 』
そう後悔したのは、お前のその表情を見た瞬間。
まるで何処にでも居る少女が、他人の一言で
簡単に傷付いてしまったような……そんな________
_________極普通な '' ヒト '' の表情。
その小さな口から出た言葉はひどく震えていた。
だが、強がって吐き捨てるようにそう言ったあなたは
自分がナニカに怯えている事にすら
きっと気付いていない。
でもその恐怖の原因を作ってしまったのは
少なくとも、俺自身だ。
この言葉に、俺は悪意なんて一つも無かった。
俺からすると桃もコイツも一人の''人間''で
お互いが相手みたいになるなんて事は出来ない。
さっきみたいに桃とあなたを比べる事はあったが
あなたに桃の代わりになって欲しかったわけじゃない。
ただ、少しの期待はあった。
幼い頃に人の常識を教えて貰えなかったお前でも
多くの人を殺し、人さえも食してしまうお前でも
自分の罪を理解し、償いながらも生きていく。
そんな未来がある事を、期待していた。
津美紀や虎杖みたいな善人にはなれなくとも
罪を償い真っ当な人間として生きる''権利''くらいは
不平等な現実のみが
平等に与えられているこの世界だったとしても
お前にだって与えられていると証明したかった。
その権利が証明された時、
桃は初めて報われる気がしていたんだ。
だが、そんなモノは俺のエゴでしかない。
演者と作者の意図や都合など全く気にしていない
観客の勝手な解釈による意見だ。
良く言えば多様な意見。悪く言えばアンチ。
そして今、この瞬間。
俺の意見は演者にとってアンチとなった。
禪院家の使用人に着いていくあなたの背中に
「待ってくれ」という言葉が喉から出かけた。
…だが、その言葉は声にもならず
喉の奥で痰が絡んだようにつっかえて出てこない。
なにが「待ってくれ」だ。
俺のエゴと無責任な発言で散々傷つけておきながら
あなたが去る時は
都合よく引き止めるつもりだったのか?
仮に俺の言葉が喉を通り抜けて
言葉になっていたとしたら
恐らくあなたは、喜んで俺に着いてきた。
でも、それじゃダメなんだ。
それだとあなたは、いづれ俺のエゴに従う人間となり
''償う権利''も''償う義務''へと変貌してしまう。
それは、誰も報われない未来だ。
そんなことを言って、
このまま禪院家に連れていかれるあなたを
放っておくのも危険なのはわかっている。
そう拳を握りしめた傍で、外の風に当てられた窓が
ガタガタと音を立てて揺れた。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!