ある夜、ふと目が覚めた。
隣にいるはずのテヒョンは、
いつの間にか起き上がっていて、
窓辺に座っていた。
声をかけると、
彼は少しだけ肩を揺らして、
振り返る。
苦しそうな声だった。
けれどそれ以上、俺は追及しなかった。
テヒョンが“黙っている”という
選択をするとき、
それはもう本人の中で、
限界が近いという証でもあるからだ。
けれど___それでも、俺は知っている。
どんなに隠されても、感じるものがある。
心が結ばれているから。
妖が通っているから。
“何かがおかしい”という違和感は、
もう数週間も前から、
じわじわと俺を締め付けていた。
テヒョンの、体温が薄い。
手のひらを合わせても、
深くまで流れていた妖の波が、
どこか不安定で……
まるで、音が途切れがちになる
旋律のようだった。
けれどそれは___他人事ではなかった。
***
俺の身体もまた、
少しずつ……壊れ始めていた。
ある日、
黎命城での政務を終えた帰り、
突然視界が霞んだ。
耳鳴りのような音とともに、
頭がぐらりと傾ぐ。
思わず壁に手をついて、
姿勢を整えた。
誰にも悟られないように、
必死で呼吸を整える。
……これ、まさか。
その瞬間、脳裏に浮かんだのは、
テヒョンのことだった。
テヒョンと、同じ。
体の芯が重くて、妖力の流れが鈍い。
身体が自分のものでないような感覚。
これは___偶然か?
いや、そんなわけがない。
***
俺は、その日の夕刻、
椿の間を訪ねた。
すでに神の座を譲り受けた
ナムジュン様が、
静かに神殿に祀られた文献を読んでいた。
いつもの落ち着いた口調で
そう問う彼に、
俺は迷わず膝をついた。
ナムジュン様はその手を止め、
深く目を閉じた。
その言葉に、
俺の胸が強く打ち鳴った。
ナムジュン様は、
ゆっくりと立ち上がると、
静かに俺の隣に膝をついた。
そして、俺の胸に手を当て、
妖の流れを確かめるように、
じっと目を閉じる。
その一文に、
血の気が引いた。
ナムジュン様は重く頷いた。
そんな……
まるで、愛し合えば愛し合うほど、
死に近づくみたいじゃないか。
即座に返した俺に、
ナムジュン様は何も言わなかった。
その沈黙が、
何よりも重く、苦しい。
テヒョンと、
俺の間にある“遠結び”は、
ただの術ではない。
あれは……言葉の代わり。
心の代わり。
触れられない場所にいても、
互いを繋ぐ、絆そのものだ。
それを断てというのか。
俺は頭を下げ、
静かにその場を後にした。
けれど、背中の奥に、
じんわりとした熱が残っていた。
そしてその熱は、
次第に胸元へと広がっていく。
“俺の中でも、進行している”
もう、間違いなかった。
***
帰宅すると、テヒョンは縁側で、
静かに夜空を見上げていた。
小さな灯が足元にともり、
その光の中に、
あの美しい横顔が
浮かび上がっている。
俺は隣に座り、そっと手を取った。
細く、けれど温かい手。
まだ、妖の気配は微かにあった。
テヒョンが、ふふっと笑った。
その笑顔が、今の俺には、
何よりも残酷で、
何よりも愛しかった。
“どうか……この手を、離さないでくれ”
心の底で、そう願いながら、
俺は彼の手を強く握った。
















編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!