第57話

伍拾漆話 手を離さない
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2025/09/05 12:00 更新







吐く息が白い。



重く、鈍く、

胸の奥で疼くような痛みが

広がっている。



それでも、僕は足を前に出す。



泰亨
泰亨
 …永遠の場所までは、まだ… 




誰にでもない、自分への呟きだった。

風が冷たく頬を撫でていく。

遠くに見える山々は、

まるで夢の中のように静かで、

僕を呼んでいるようだった。



隣を歩くジョングクが、

僕の肩に手を添えた。



柾國
柾國
 …無理、してないか? 




僕はふっと笑った。

その声には、

どこか涙が混ざっていた。



泰亨
泰亨
 無理してるよ。
 でも、いいんだ。 

泰亨
泰亨
 この旅を終えるまでは、
 僕、まだ……終われない。 




ジョングクが、

何も言わずに

僕の手をぎゅっと握った。

その温もりが、

凍えるような

身体の芯まで届いてくる。



もう、ほとんど妖力が

残っていないのがわかる。

僕の内に満ちていた力は、少しずつ、

まるで砂のように零れていっている。



足元がふらつく。

視界が揺れて、

何度も意識が遠のきそうになる。



でも、倒れてはいけない。



ここで崩れたら、

もう、辿り着けない。



___“永遠の場所”。



古い書に記されていた、

神々さえ静かに眠る、

穏やかな魂の帰る地。



僕とジョングクが、

この身の最期を迎える場所。

子供たちにも、弟たちにも、

仲間たちにも告げず、

ふたりで選んだ、終わりの地。



柾國
柾國
 …ほら、もうすこしだ 




ジョングクの声が、

そっと肩越しに届く。



僕はこくりと頷いて、

肩を借りたまま、一歩進む。

かすかに雪が舞い、

風が梢を揺らしていた。



山道を抜け、

小さな祠のような

岩陰に着いたとき、

ジョングクが荷を下ろし、

仮の拠点を整え始めた。



柾國
柾國
 ……ここで少し休もう 




僕は頷き、

岩に寄りかかるように腰を下ろした。

呼吸が浅く、胸の奥が苦しい。

けれど、ここで止まってはいけない。

あと少し、あともう少しだけ。



泰亨
泰亨
 …ジョングク 

柾國
柾國
 ん? 

泰亨
泰亨
 こんな身体になっても、
 僕のこと、
 置いていかないでくれて、 
 ありがとう。

柾國
柾國
 当たり前だろ 




そう言って、

ジョングクが僕の手を取った。

その手は、少し震えていた。

本当は、僕以上に不安で、

恐れているのかもしれない。



でも、彼は僕にそれを

見せようとしない。



柾國
柾國
 俺が先に行くはずがないだろ。 
 ……ずっと一緒にいるって、
 決めただろ?

泰亨
泰亨
 …うん、そうだったね 




ふたりで笑った。

ほんの少しだけ、心が温かくなる。



けれどそのあと、

僕の身体がびくりと震えた。

突き上げるような吐き気に、

思わず口を押える。



ジョングクが、

すぐに背をさすってくれた。

僕は、何度か浅く呼吸して、

ようやく落ち着いた。



泰亨
泰亨
 …もう、こんなにも… 




呟いた声が、

風に紛れて消えていった。



___あとどれだけ、

この足で歩けるだろう。



___あとどれだけ、

この声で、君の名前を呼べるだろう。



柾國
柾國
 …四日後には
 永遠の場所に着けると思う 




ジョングクが、

小さな火を起こして、

僕のそばに置いてくれた。 



柾國
柾國
 だから、あと少しだけ、頑張ろう 

泰亨
泰亨
 …うん。
 ジョングクが一緒なら、 
 きっと大丈夫。




小さな火が、

パチパチと音を立てて燃えていた。



冷たい風の中で、

ふたりの影を揺らしながら。



その夜は、言葉を交わすよりも、

お互いの手を温め合い、眠りについた。



夢の中でも、

僕は君の手を、離さなかった。



___残された時間は、あとわずか。



けれどそれでも、

僕たちは最後まで、

ふたりで並んで歩いていく。



どこまでも、

永遠の静寂に、

辿り着くその瞬間まで。







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