そして、そんな時に限って神様は優しくて、残酷だ。
お疲れ〜と手を振る江口とは2つ前の現場でも一緒だったが、その時と少しだけ様子が違うような違和感を覚えた。
なんとなく、梅原を見つめる目が違うような感覚。
もしかして、と恐る恐る自分の指を見れば、朝自分が切ったときのまま、ふよふよと空中を漂う糸。
一方、江口の指につながる糸はピンと張っていた。
誰か別の人と結ばれたのだ。
安堵からか、歓喜からか、目頭が熱くなり、鼻の奥がツンとするような感覚に襲われた。
平然を装って、声が震えないように気をつけながら普段より明るい挨拶を返す。
いつもなら続く会話もなく、隣の席に誘われることもなく、ただただ先輩後輩の距離感を保ちながら時間を潰す。
キリキリと胸が痛む気がするが、そんなのは被害妄想だ。これでよかったのだと言い聞かせる。
これで、よかったんだから。
仕事が終わり、さっさと家に帰って寝ようと思っていたのに心配そうな声と表情で呼び止められる。
全部あんたのせいだと言えたらどれほど楽だっただろうか。
視界の端に映る糸はやはりどこかに繋がっていて涙が溢れそうになる。
思わず弱音を漏らしそうになった口を閉じた梅原は一呼吸置く。
人を揶揄う時のような、軽薄な態度を身にまとい、口角を無理矢理上げる。
そーお?と怪しむような視線を向ける江口の肩を押し「ほら僕らも帰りますよ」と梅原から引き離す西山。
西山には梅原を助けたつもりは微塵もないのだろうが、物理的に距離を作ってくれた彼に密かに感謝した。
それでも2人が近い距離で話しているのを見て少し不機嫌になってしまうのだからどうしようもない。
荷物をまとめ、スタジオを出る。
今日の仕事はこれが最後だったのであとは真っ直ぐ家に帰るだけだ。
多分、いや絶対に泣いてしまうけれど仕方ない。
今日くらいは記憶を飛ばすくらいにお酒を飲みたい気持ちだ。
そんなことできやしないのだけれど。
エレベーターに乗り込み閉ボタンを押す。
誰もいない空間になるにつれ気が緩み、視界がぼやけるのが分かる。
好きな人が幸せなら自分も幸せ。
そう言い聞かせるように小さく呟くと同時に、パタンと重たい扉が閉ざされた。















編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!