翌朝、ライアンはシャツの襟を整え、鏡の前で深呼吸をひとつ。昨日の余韻を胸に残したまま、静かに部屋を出た。
待機していた黒塗りの車のドアが静かに開く。
ホテルへと向かう車は、ゆっくりと柔らかな朝の光の中を走り出した。
やがて車は静かに曲がり角を抜け、ホテルの壮麗なファサードが視界に現れた。車ではちょうど、三十分で目的地へと到着する。ライアンは窓の外に広がる景色をひと呼吸確かめると、静かにドアを開けて車を降りた。
ロビーにはすでにレオンが腕時計を気にしながら待っており、ジョシュアはメモ帳を手に準備万端だ。
レオンはライアンに気づくと、腕を下ろした。
「遅刻せずに来たな、ライアン」
「チェックリストもありますし、気になる点はどんどんメモしますね」
ジョシュアはにこやかにライアンに言う。
ライアンは頷き、「頼んだ」と返した。
三人は建設プロジェクト関係者たちと合流するため、エントランスに向かった。
一行はエントランスからロビーへ進む。
足音が、まだ新しい床に心地よく響き、ジョシュアは緊張しつつも胸を張った。
レオンは壁の仕上げを指でなぞりながら、思わず口元を緩ませた。
「この質感、設計図どおりだな。実際に見ると想像以上にいい」
内装工事担当者は天井に目を向けた。
「天井には壮麗なガラスのドームが高くそびえ、柔らかな光をロビーに注ぎ込んでくれます。日中でも陰にならず、全体が明るくなります。
ライアン様の細かい指示のおかげです」
ジョシュアは担当者の説明を聞きながら、厚みのある建設資料の束をめくった。図面を指先でなぞりながら確かめ、メモと比較した。
「照明と動線、どちらも利用者目線で考えられていますね」
「ありがとうございます。
そして、ホワイトやグレーを基調にすることで、明るく開放的な空間を作ることができます。一方で、ブラックをアクセントに加えることで、シックで落ち着いた印象を与えました」

ライアンはロビーの中心に立ち、ゆっくりとホテル全体を見渡した。
大理石の床には美しいモザイク模様が広がり、壮大なアトリウムが姿を現す。階段は優雅に曲線を描き、黒い鉄製の手すりがクラシカルな雰囲気を醸し出している。
壁には豪華な絵画が飾られ、黄金の彫刻が静かに迎えてくれる。上品なソファとランプが配置された空間には、ゆったりとした時が流れている。ここは、歴史のある大邸宅を彷彿とさせる場所。
来客は誰もがその魅力に引き込まれ、物語に迷い込んだような気分になるだろう。
現実と夢が交差する、この密やかで荘厳な空間で、時が止まったようなひとときを過ごすことができる。
すべてが一枚の美しい絵のように目に映る。
細部に宿るこだわりに目を細めながら、ライアンは自らの思い描いた数々のイメージが、現実となってここに息づいていることを静かに確かめた。
和やかな雰囲気の中、彼らはひとつひとつ細部を確認しながら、ホテルの新しい門出に期待をふくらませていった。
「そろそろお昼時なので、次はレストランへ向かいましょうか」
ジョシュアが腕時計を見ながら言うと、レオンは頷いて、一行をレストランがある方へ案内した。
ホテル本館からレストランへと続く小道は、両側を四季折々の花々に彩られていた。柔らかな石畳の上を歩けば、ふわりと香る花の甘い匂いが風に運ばれ、色鮮やかな花びらが足元や頭上を静かに舞う。
一行が室内へ入って行く中、ライアンはレストランのテラスへと歩みを進めると、目の前にはどこまでも続く青い海が広がっていた。
陽光を浴びてきらきらと輝く波が、テラス越しに冷たい潮風とともに運ばれてくる。
「……まさか本当に、あの時話したことがこうして形になるなんてな…」
遠くを眺めるようにホテルが佇む景色を眺め、胸の奥に不思議な感動が広がる。
「長かったですね。ここまで来るのに」
振り返ると、そこにはジョシュアがいた。
「寒くないですか?潮風が冷たいでしょう」
ジョシュアはライアンの横に並び、手すりに手をかけた。
「世間は子供の戯言だと笑ったけど、ライアン様だから成し遂げられた。僕は誇らしいです。
貴方のそばにいられるのが」
ジョシュアはニッと歯を出して笑った。
「いきなりなんだよ、気持ち悪いな」
「失礼ですね。なんとなく言いたくなったんですよ」
「まぁ、実際になんとなく提案しただけだし、実現させたのは父上とレオンだ。
その間に俺は、随分と遠回りをしたな…」
「遠回りが一番の近道って言うではありませんか」
「……お前も随分従者らしくなったな」
「貴方にお仕えして五年ほど経ちますから」
ライアンはジョシュアをチラッと見ると、口角を上げて微かに笑った。
「なんですか?その顔。僕も少しは立派になったでしょ」
ジョシュアは口を尖らせる素振りをしたが、ふと、手すりにかけている手に視線を落とした。
過ぎた日々の記憶がそっとよみがえり、ほんのりと頬がゆるむ。肩の力を抜いて小さく息をつくと、その横顔には優しい微笑みと、これから始まる日々への淡い希望が、そっと滲んでいた。
「ライアン様………僕たち、どんな大人になるんでしょうね」
その問いかけに、ライアンはしばらく沈黙した後、「さあな……」と呟いた。
言葉の合間に柔らかなため息が混じり、ライアンの声は少し掠れていた。












編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。