第118話

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2025/05/28 08:04 更新
翌朝、ライアンはシャツの襟を整え、鏡の前で深呼吸をひとつ。昨日の余韻を胸に残したまま、静かに部屋を出た。

待機していた黒塗りの車のドアが静かに開く。
ホテルへと向かう車は、ゆっくりと柔らかな朝の光の中を走り出した。

やがて車は静かに曲がり角を抜け、ホテルの壮麗なファサードが視界に現れた。車ではちょうど、三十分で目的地へと到着する。ライアンは窓の外に広がる景色をひと呼吸確かめると、静かにドアを開けて車を降りた。

ロビーにはすでにレオンが腕時計を気にしながら待っており、ジョシュアはメモ帳を手に準備万端だ。

レオンはライアンに気づくと、腕を下ろした。

「遅刻せずに来たな、ライアン」

「チェックリストもありますし、気になる点はどんどんメモしますね」

ジョシュアはにこやかにライアンに言う。

ライアンは頷き、「頼んだ」と返した。

三人は建設プロジェクト関係者たちと合流するため、エントランスに向かった。


一行はエントランスからロビーへ進む。
足音が、まだ新しい床に心地よく響き、ジョシュアは緊張しつつも胸を張った。

レオンは壁の仕上げを指でなぞりながら、思わず口元を緩ませた。

「この質感、設計図どおりだな。実際に見ると想像以上にいい」

内装工事担当者は天井に目を向けた。

「天井には壮麗なガラスのドームが高くそびえ、柔らかな光をロビーに注ぎ込んでくれます。日中でも陰にならず、全体が明るくなります。
ライアン様の細かい指示のおかげです」

ジョシュアは担当者の説明を聞きながら、厚みのある建設資料の束をめくった。図面を指先でなぞりながら確かめ、メモと比較した。

「照明と動線、どちらも利用者目線で考えられていますね」

「ありがとうございます。
そして、ホワイトやグレーを基調にすることで、明るく開放的な空間を作ることができます。一方で、ブラックをアクセントに加えることで、シックで落ち着いた印象を与えました」
ライアンはロビーの中心に立ち、ゆっくりとホテル全体を見渡した。

大理石の床には美しいモザイク模様が広がり、壮大なアトリウムが姿を現す。階段は優雅に曲線を描き、黒い鉄製の手すりがクラシカルな雰囲気を醸し出している。

壁には豪華な絵画が飾られ、黄金の彫刻が静かに迎えてくれる。上品なソファとランプが配置された空間には、ゆったりとした時が流れている。ここは、歴史のある大邸宅を彷彿とさせる場所。

来客は誰もがその魅力に引き込まれ、物語に迷い込んだような気分になるだろう。
現実と夢が交差する、この密やかで荘厳な空間で、時が止まったようなひとときを過ごすことができる。

すべてが一枚の美しい絵のように目に映る。
細部に宿るこだわりに目を細めながら、ライアンは自らの思い描いた数々のイメージが、現実となってここに息づいていることを静かに確かめた。

和やかな雰囲気の中、彼らはひとつひとつ細部を確認しながら、ホテルの新しい門出に期待をふくらませていった。


「そろそろお昼時なので、次はレストランへ向かいましょうか」

ジョシュアが腕時計を見ながら言うと、レオンは頷いて、一行をレストランがある方へ案内した。

ホテル本館からレストランへと続く小道は、両側を四季折々の花々に彩られていた。柔らかな石畳の上を歩けば、ふわりと香る花の甘い匂いが風に運ばれ、色鮮やかな花びらが足元や頭上を静かに舞う。

一行が室内へ入って行く中、ライアンはレストランのテラスへと歩みを進めると、目の前にはどこまでも続く青い海が広がっていた。
陽光を浴びてきらきらと輝く波が、テラス越しに冷たい潮風とともに運ばれてくる。

「……まさか本当に、あの時話したことがこうして形になるなんてな…」

遠くを眺めるようにホテルが佇む景色を眺め、胸の奥に不思議な感動が広がる。

「長かったですね。ここまで来るのに」

振り返ると、そこにはジョシュアがいた。

「寒くないですか?潮風が冷たいでしょう」

ジョシュアはライアンの横に並び、手すりに手をかけた。

「世間は子供の戯言だと笑ったけど、ライアン様だから成し遂げられた。僕は誇らしいです。
貴方のそばにいられるのが」

ジョシュアはニッと歯を出して笑った。

「いきなりなんだよ、気持ち悪いな」

「失礼ですね。なんとなく言いたくなったんですよ」

「まぁ、実際になんとなく提案しただけだし、実現させたのは父上とレオンだ。
その間に俺は、随分と遠回りをしたな…」

「遠回りが一番の近道って言うではありませんか」

「……お前も随分従者らしくなったな」

「貴方にお仕えして五年ほど経ちますから」

ライアンはジョシュアをチラッと見ると、口角を上げて微かに笑った。

「なんですか?その顔。僕も少しは立派になったでしょ」

ジョシュアは口を尖らせる素振りをしたが、ふと、手すりにかけている手に視線を落とした。
過ぎた日々の記憶がそっとよみがえり、ほんのりと頬がゆるむ。肩の力を抜いて小さく息をつくと、その横顔には優しい微笑みと、これから始まる日々への淡い希望が、そっと滲んでいた。

「ライアン様………僕たち、どんな大人になるんでしょうね」

その問いかけに、ライアンはしばらく沈黙した後、「さあな……」と呟いた。

言葉の合間に柔らかなため息が混じり、ライアンの声は少し掠れていた。

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