第120話

No.115「次の王座」
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2026/01/27 10:29 更新
あなた side
星空ほしぞらとの取引を終えたあと、僕は一度本部へ戻り、
幹部全員を集めた。

誰一人欠けさせるわけにはいかない。

蛇ノ目の影が床から静かに広がり、僕らを包み込む。

次の瞬間、視界が歪み、空気が変わった。

湿った潮の匂いと鉄の錆の香り。

辿り着いたのは、とある港に佇む古びた工場だった。

夜の海風が冷たく頬を撫で、
遠くで波が岸壁にぶつかる音が低く響いている。

ここで、次の“交渉相手”を待つ。


星空ほしぞらと接触したのは、
霧裂救出のために必要な情報を得るためだ。

だが、次に会う人物はそれではない。

今後の活動、
そして世界を変えるために必要な“力”を得るため。

理想だけでは世界は変わらない。

うちは確かに大きな組織だが、
信者の大半は非戦闘員。

幼子、母親、老人...守るべき存在は多く、
戦える者は少ない。

だからこそ、戦力拡大は避けられない。


奥から足音が聞こえ、人影が現れた。

信者に先導されて歩いてくるその人物を見て、
驚く者、首を傾げる者、息を呑む者がいる。

僕自身、噂でしか知らない存在だった。

だが、くさびカナメと速計そうけ 数利かずりは、
その姿を見た瞬間に表情を強張らせていた。
あなた
[お待ちしておりました
 死穢ハ斎會若頭、オーバーホール]
黒狐の面越しに告げると、
男は不機嫌そうに周囲を一瞥した。
オーバーホール
こんな場所が拠点なのか?
低く冷えた声。

最初から本部に連れて行くつもりなどない。

互いに、それくらいは分かっているはずだ。
早乙女 炎
極道なんて初めて見たわ 危険な香り♪
楔 カナメ
いやー、噂では聞いたこと
あったけど初めて見たわー
早乙女さおとめとカナメの呑気な会話に、
思わず小さくため息が漏れる。

カルタは怯えたようにカナメの背に隠れ、
みさおの隣ではミティが首を傾げていた。

小声で彼女に説明する。

かつて裏社会を取り仕切っていた組織がいくつも存在し、
ヒーローの台頭とオールマイトの登場によって、
その多くは解体されたこと。

生き残りは敵予備軍として監視され、
細々と生き延びていること。

時代遅れの遺物――そう評されてもおかしくない存在だ。


そんな人物が、なぜこちらに接触してきたのか。

元々、この話は向こうから持ち込まれた。

死穢ハ斎會からの協力提案。

悪くない話だと思ったからこそ、ここに来た。
血吸 蝙蝠
んで、オバホちゃんは
どーして俺らに会いに来たわけ?
血吸ちすいの軽い問いかけに、
オーバーホールの眉が僅かに動く。

あからさまな不快感。

頼むから怒らせないでくれ、と視線を送るが、
血吸ちすいは親指を立てるだけだった。
オーバーホール
オール・フォーワンの消失
その言葉に、僕の意識が鋭く反応した。
オーバーホール
裏社会の全てを支配していた闇の帝王
オーバーホールの声は淡々としている。

僕らの世代では半ば都市伝説だが、
年配の者たちは確信をもって恐れていた存在。

死亡説が流れても尚、恐怖は消えなかった。

それが実在し、捕らえられ、タルタロスへ送られた。

そしてオールマイトの引退。

日向も日陰も、支配者はいなくなった。
オーバーホール
じゃあ次は誰が支配者になる?
オーバーホールが一歩踏み出す。

その視線が、まっすぐに僕を射抜いた。
あなた
[次は僕たちだ]
僕も一歩、距離を詰める。

彼は計画はあるのかと問う。

まるで試すような口調だった。
オーバーホール
連続快楽殺人鬼、リッパー...
駒としては一級品だが、落としたな
使い方を間違えたか?
胸の奥が、ひどく冷えた。

駒、だと? 

彼は僕の“家族”をそう呼んだのか。
オーバーホール
その後ろにいる駒共を
お前は扱えるのか?
幹部たちの空気が一気に荒れる。

僕は感情操作で自分を抑えているが、彼らは違う。
オーバーホール
俺には計画がある
オーバーホールは続けた。

計画には莫大な金が要る。

だが投資家は少ない。

そこで狐様――僕の名が必要なのだと。

しかも、その話をヴィラン連合にも
持ちかけているという。
オーバーホール
俺の傘下に入れ
お前たちを使ってみせよう
俺が次の支配者になる
蛇ノ目 御影
お帰りください
蛇ノ目じゃのめの声が鋭く響いた。

敵意が露わになる。

信者が彼の肩に触れ、下がるよう促した瞬間、
オーバーホールの嫌悪が爆発した。

手袋が外れ、触れられた信者の上半身が破裂する。

血が飛び散り、鉄の匂いが空気を満たした。


視界が赤に染まる。


カナメが即座に飛び出し、力強く蹴りを叩き込む。

しかし、個性は発動しなかった。

動揺が走る刹那、次の瞬間、カナメの右足が消えた。

再び血が舞う。


失いたくない。


その思いが胸を締め付ける。

血吸ちすいが動こうとするのを、僕は必死に止めた。

理性の最後の欠片だった。

何度も見てきた光景なのに、慣れない。

感情を抑えているはずなのに、
腹の奥底から黒い何かが湧き上がる。

殺気が溢れ、周囲の空気が歪む。

オーバーホールが目を見開く。


その瞬間、誰かに撃たれ、個性が途切れた。

涙が止まらない。

過去が、記憶が、押し寄せる。

苦しい。

衝動で走り出す僕を、幹部たちの声が追う。


オーバーホールが手を伸ばす。

避け、ナイフを構えた瞬間。
オーバーホール
...盾ッ!
部下が飛び出し、僕の前に立つ。

迷いはなかった。

一瞬で刺し殺す。

返り血が顔と手に飛び散る。

理性はもう、そこにはなかった。

あるのはただ、目の前のものを
殺すという衝動だけだった。

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