────地面を蹴った、足が離れた。
瞬間、圧倒的な浮遊感に襲われる……ツインテールの髪は生き物のように揺れ、帽子は風に翻って今にも飛んでいきそうだ。
そして、遅れてやって来る“落下”の感覚。
当然だ────今私は、小さな丘からジャンプし、空中で箒に跨っているんだから。
眼に視えない下向きの力が働く。
己の身体がどんどんと……重力加速度の原理により、凄まじい速度で落下し続けている。
歯を食いしばり、必死で魔法を使おうと試みるが────全く意味を成さない。
このままじゃ、地面にぶつかる……もし、当たり所が悪かったら………
『…澪織、箒に乗って宙を舞う時大切なのは………魔力の消費量と、その安定化』
『多からず少なからず、中途半端なくらいの魔力が、鳥が飛ぶような高さ……つまり、標高150メートル以下の飛行には丁度いい───』
『そして、中途半端な量の魔力の一定供給に成功すること…一分間に大体どのくらいの量か、とかは魔法使いの技量にも拠るけど……とにかく、安定が大事』
『大丈夫……今は出来なくても、いつか必ず可能になるよ…………』
『“約束”する』
多からず、少なからず────中途半端な量の魔力を、体内から外界に放出する。
言うだけなら簡単だけど、実践するのは難しいんだよ………
でも……大丈夫───できる、私ならできる……
だって───師匠が、“約束”してくれたんだから……
肺の中の空気を全て吐き出した途端───全身に紫色の霊気が滲み……心無しか、脳が冷やされる。
今の………私なら──────
完全に感覚を摑んだ。
自分の中で3秒間に消費する魔力量を決めて───何があってもそれを継続させる。
3秒が経ったら、また3秒間同じ量の魔力を使う……その繰り返し。
魔力と思考は全て───箒を浮かせることに集中させる。
やがて、今度は身体が強烈な浮遊感に包まれる。
箒の柄頭がグイッと持ち上がり───視界も、徐々に上昇していく……その証拠に、茜色の羊雲が見えてきた。
成長して巣を離れた雛鳥が、持つことを許された翼で精一杯羽ばたくように……木々を突っ切って、一人の魔法使いが空を舞った。
こうやって呟いている今現在も、魔力の調整・安定放出に成功している───箒が、風にびくともせずに滞空を続けていた。
今すぐこの進展を報告しようと───私は、師匠がいるであろう背後を振り向いた。
─────────そっか。
そうだったな………師匠は……………………………
───それでも木製彗星は、人一人を乗せたまま浮かんでいる。
彼女が教えてくれたことが……時を超え、私を助けてくれたんだ。
未だに何もかも、見当すらつかないけれど────黄昏時の天は、憎たらしい程に澄み渡っていた。
───さて、ここからどうしよう……
眼下には、深い森が苔のように大地を覆い尽くしている。
それに、今の私は本当に無防備だ。
鳥の“魔物”に襲われたら、普通の魔法使いじゃ生命が幾つあっても足りない……
恩人が、まだこの緑の中に紛れ込んでいないかと───ふわふわと浮遊しながら、点のような木々一本一本にも眼を凝らす。
その中に、漆で染めたような純黒が混ざっていることを願いながら。
上からじゃよく解らない。
私はリスクを覚悟し、箒の高度を下げ始めた。
ここは、“リンフェンの肺”と呼ばれる…魔法の森だ。
魔力を多く含んだ土壌から成っており───苗木の時から、栄養分の代わりに魔力を吸収・成長してきた木々に囲まれている。
実際、“リンフェンの肺”の樹木から蒸散された水露は集められ、瓶に詰められて売られている……なんて噂もある。
だからこそ───師匠は、ここに小屋を構えたのだ。
魔力を外部から何時でも補給することのできる────この、雑木林を。
背後で、草元がガサガサと声を上げる。
驚いて振り返ってみても──そこには、何もない。
今の時間帯は“逢魔刻”とも呼ばれている……黄昏が彼岸と此岸の境界線を狂わせ、魔物に出会いやすい。
心許ない杖を握り、ゆっくりと地面を踏み締めて歩く。
一歩ずつ一歩ずつ……小さな生命を踏み潰しながら、私は前進して行く。
既に日は暮れ、夜闇が辺りをカサブタのように覆った。
でも────今から帰るわけにもいかない。
こうなったら、師匠を見つけだすことの方がまだ安全なのだ。
不安や恐怖、己の未熟さに対する悔しさなどの辛酸が───ミックスジュースの如く混ざりあって……もう、何味か覚束ない。
───それを飲み干した奥には……一体何が、沈んでいるんだろう。
用語解説
・魔物
人々を襲う化生。
魔力を与えられて魔物になった存在と、魔力を持たない存在がいる。
・リンフェンの肺
伝説の魔法使いが生活をしていたと言う、魔法の森。
魔力を多く含む土壌から成り立っているため、この森の木から採れる樹液は薬として使われている。














編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。