放たれた光弾は、イリアスには当たらず
そのかわりに地面を大きく抉った。
放つ瞬間、それ以上の速さで『何か』が横切った。
視界の端の砂ぼこりの隙間から、一人の男を垣間見る。
にへらとした笑みを零さんとするその男は、イリアスとルシアンの対角線上に立ち塞がった。
恐らく自分では避けきれずに何処かを犠牲にしなければならなかった。が、俺は未だに五体満足だ。
自分より少し大きい背中が、とても頼もしく思えた。
余裕綽々にヴルムは軽口を叩く。
しかし、その眼の中心には白き天使をはっきりと映し出している。
ルシアンは酷く顔を顰め、言い捨てる。
今の状況は、彼にとって最悪と言っていいだろう。
同時に疑問がぽつりぽつりと浮かんでくる。
何度も頭に反芻し、今は意味がないと思考を止めた。
幸い、相手の大将は手負い。加勢は一人だ。
彼は後ろながらに自分自身が来たであろう方向にサムズアップの親指で差していた。
イリアスは僅かながらの逡巡の末、隊長しての責が彼の助言を汲み取った。その声は、身体に多くの傷を負った者とは思えない程に覇気があり、身の芯に響くものであったのである。
そう言い残し、アクタヴルムが指差した方向へと走り出した。瞬き一つすれば、その姿は疾うに消えていた。
ゴゥウゥン
唸るような光の砲撃が、アクタヴルムの近辺の地面を大きく抉った。数cm位置をずらしていなかったのなら、腕は消し飛んでいただろう。
彼は一つ鼻で笑ってみせた。
深く大きく息をつき、今一度白々として浮かぶ白鷺を見遣る。先刻とは打って変わって、笑みは消え静かに構えを取る。
ルシアンの指は、アクタヴルムの心臓へと釘を差す。
同時にアクタヴルムは、能力の発動を開始する。
表現するのならば、黒く濁った小川のせせらぎの様に耳に、ごく自然の摂理であるかの様に言葉は紡がれた。能力には、その者の人生が、人の形が浮かぶのだ。
彼の能力は窯の煮え立つ地獄が底に悠々と鎮座していると思わせる、そのいでたちは人間の姿ではなかった。
同時に発されるは、光速の凶弾。
腕の一振りが、無制限の質量を持つ光となった。
天使と称される種族は、みな一様として広義的な能力を備えている。それ故に天使が戦場にとっての脅威であり、驚"異"なのだ。それは最もな常識だ。
しかし、一つあるとするなら……ほんの少しの慢心。
彼を捉えていた一筋の閃光は、草原に大きなクレーターを作るのみであった。
それと対称的であるのは、勢いよく飛び上がった男の身体だ。
大きく振り被り、共に空中にいるルシアンを殴らんとしている。
初めて戦場で、ルシアンが焦りの感情を綻ばせた。
しかし反射か、それとも無意識の"合理的選択"だったのか、高速に飛んできた拳をすんでのところで片手により受け止める。
そう、男が呟くと受けた拳が一段と重く…鋭くなった。
一撃で理解した、この男とは接近戦では圧倒的に分が悪いと。戦闘スタイルの経験の差、予測範囲の能力の相性それら全てを加味して、判断を下す。
アクタヴルムは、腕を強引に掴み取られ片手で地面に叩きつけられた。全身に重力が伸し掛り、ルシアンの能力によって荒れた地面にヒビがはいる。
周りが崩れ、叩きつけた場所に土砂が雪崩れる。
力み過ぎたのだろうか、それとも普段なら使わないであろう天使本能としての力を引き出したからか、ルシアンは息を大きく荒げていた。
人間ならば、全身がひしゃげ肉塊となっていてもおかしくない…と考えていた。
が、その男はいとも容易く崩れた岩の中から立ち上がってきたのだ。
そう、口にはすれどその姿には未だ闘志は煮え滾っていた。全身から血を噴き出し、服も血塗れではあるが彼は平然と地面に立っている。
ルシアンは目を見開く。
人間とは、なぜここまで…なぜ…
言葉を交わす内の動きの緩和直後、瞬時に亜音速に近い領域へと彼は足を踏み入れる。風を切る音、地を踏み抜き跡を刻み付けるような轟音が辺りに響き渡る。
その中で、ルシアンは全速力で羽根を動かし彼から遠ざかり、正確無比に男の動きを観測する。
ただ、じっと能力さえも使わずに。
バギャァッン
針に糸を通すかの如く、音速で動くアクタヴルムの心臓付近を光の弾丸が撃ち抜いた。瞬間、動きがピタリと止まる。少しの後に勢い良く血が胸部より吐き出される。
彼は…笑った。
おかしい、おかしい。心臓を射抜かれたのなら人間は確実に死ぬだろう。それが限界だ。
人の、人間としての上限のはず。
当然の思い込み。それは時にして最大限の枷に成り果てる。
______その男は、何事もなかったかのように奔り出した。
一瞬の隙が、彼との距離を大きく詰めた。
またしても、予想外。
最善手は、未だ見えず。"選択"が出来なかった。
故に、ルシアンは彼の時と同じ選択を取った。
能力物量による圧殺。
アクタヴルムには圧倒的な質量が、目が眩む程の光の荒波が襲いかかる。
それは、恣意的な奔流よりアクタヴルムを右腕を刈り取った。
そう男が答えると瞬時に、彼の右腕は再生した。
いつの間にか、彼の胸に空いた空洞はすっかり塞がってもいる。
自分の身体が削れる事も厭わず、前へ前へ進んでゆく。
ビュッン
眼前に相対す。
一撃、左からの振り被ったフック。
その速度は、音速を超えた。
能の一部、一分間に光速に達そうともする拳の連撃。
一秒間において約十連撃は、ルシアンの急所を的確に撃ち抜いてくる。
ルシアンは、視認出来るが故、腕で防御の姿勢を成す。
しかし、それも数秒の猛攻により、剥がされた。
数秒、されど打撃が続く長い時の最中、思考が逡巡する
______僕は、自分の中での常識に囚われてしまった。
長きに渡った一分の末、白鷺の天使は地面に倒れた。
互いに、満身創痍だ。
荒げた呼吸を、どちらも落ち着けた頃。
ルシアンが口を開いた。
先程まで、辺りに響き渡る程の轟音を発しながら闘っていた二人は、静寂に包みこまれる。
アクタヴルムは、この静寂は苦手だ。気まず過ぎる。
その気まずさを打ち破ったのはルシアンの心からの疑問だった。
まだ、完全には回復しきっていない身体で彼は問う。
強く、はっきりと応えた。私にも分かる。大切で、綺麗で、誰にも汚せない、汚させない物。
話に一段落付け、彼は近くの岩に寄りかかっている
ルシアンに近づく。
差し出された、手を見つめ、彼の顔をもう一度見遣る。
私達は、敵同士であるとルシアンは示す。
差し伸べた手で、ルシアンの手を強引に引き寄せ、片腕を担ぐ。体重を寄せてもらい、そのまま歩き始めた。
ルシアンは、酷く訝しんだ。
その未来は、果たして到達可能性を秘めているのか。
ルシアンの肩と腕をしっかりと、掴み一歩ずつ前へと進む。その先は、言葉を余り交わさなかった、が確かに思いは繋がった。異種族間を通して、見る世界は大きく違うだろうが、意思は通じ合えたのだ。
安全な場所まで、ルシアンを移動させた後、別れ際にアクタヴルムはこう残した。
彼が去った後も、ルシアンは遠くを見つめて交わした言葉を反芻し、噛み締めていた。
それは、今の自分では許容量を超えているからと、
思考を放棄するかのように一人、目を閉じた。
暗い暗い海の水底、泡沫が舞い散る闇の中。
少女が一人、何かに腰掛けている。
幼気で、奇妙で、可愛げで、心躍る彼女は心底笑顔だ。
無邪気な笑い声が、誰も知らぬ深海に響いた。












編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。