先ほどは結婚のことを“ 死ぬよりマシで幸せ ”と
言ってくれていたのに、手のひらを返したような
発言に私は苦笑いをするしかなかった。
獪岳のことだから、二つ返事で了承するか或いは
「ばかなこと言ってんじゃねぇ」と一蹴されるかだ
と思っていた。そのため、気狂いを疑われたとい
う事実に、あわよくばを期待した私は恥ずかしく
なった。
だから獪岳の言った言葉に甘えて、気づいてしま
った感情は私が正気じゃなかったとうことにして
振る舞う
自分の気持ちを冗談の二文字で片付けるのは少し
だけ心苦しかった。
この世界に来てから、獪岳の感謝の言葉を初めて
聞いた。それが嬉しくもあり気まずくもあり、私
はどこか居た堪れない気持ちになる。
だがその言葉に続く窘めるような言葉は、私に耳を
塞ぎたくなるほどの恥ずかしさを植え付けた。
止まらない獪岳のお小言に対して、私は二文字の
返事だけ呟いた。
そこから自分の部屋に戻るまでは今日の失態と、
一時の感情で原作を変えようとしてしまった後悔
が頭を巡っていた。
明日からの一週間とちょっと。獪岳がこの家に居
ないと思うと寂しいような安心するような…複雑
な感情はどこに発散すればいいのやら
布団に入ってから、もどかしさを消化したかった
が、そうする前に眠りに落ちた。
_______明け方
物音で目が覚める。寝ぼけ眼を擦って辺りを見渡
してもそこには何もなかったので、もう一度眠り
に就こうと目を瞑ったとき
そんな会話が聞こえてきた。あぁそうか、もう出
発するのか…
私は思い切り襖を開けて、玄関より近い縁側から
草履を踏みながら飛び出した。
屋敷の門を潜ろうとしていた獪岳の背中を見つけ
て思わず名前を叫んだ。獪岳は怪訝そうな顔をし
てゆっくりと振り向く
獪岳はくつくつと喉を鳴らして笑う。それは昨日
の思い詰めた表情を浮かべていた人とは似ても似
つかない笑顔だった。
こういう状況ではなんて言うんだっけ…
記憶を手繰り寄せる
その言葉は原作で藤の花の家のお婆さんが言って
いた台詞だった。
獪岳は屈託のない笑顔を浮かべる。
でも、私の胸は苦しくなる一方だった。













編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!