第24話

最初で最後の恋
2,923
2019/03/12 10:52


三好先輩との対峙から1週間。

あんな大変な事件があったのに、昼休みの教室はいつも通り賑やかで少し煩わしい。
杉本 美空
杉本 美空
むぐむぐもぐもぐパクパクむしゃむしゃ
九井原 夕莉
九井原 夕莉
相変わらずすごい量だね……
杉本 美空
杉本 美空
これくらい食べないと元気出ないもん
九井原 夕莉
九井原 夕莉
もー、ほっぺ周りご飯粒つけすぎ
私は五段弁当をかきこんでいる美空の頬を拭いてあげた。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(また美空と昼ごはんを食べれるようになって良かった)
美空は気を失っているうちに、皐月ねえが家の前まで運んだので事件のことは覚えていない。


自分が気を失ったのは体力がなかったからだと、美空は前よりも昼ごはんの量を増やした。
杉本 美空
杉本 美空
……三好先輩、いつ帰って来るのかな
美空は箸を止めて寂しそうに呟く。机からテープで貼り付けたつぎはぎの手紙を取り出した。


その手紙は1度美空がバラバラに破いて、それを私が集めて繋ぎ合わせたものだ。


書き直しを勧めたけど、美空は夕莉が繋ぎ合わせてくれたこれを渡したいと言ったのだった。
杉本 美空
杉本 美空
……なんだか放っておけないんだ。最初会った頃の夕莉みたいに寂しそうでさ
美空は痛みを堪えるように笑う。
杉本 美空
杉本 美空
これって、おせっかいかな
九井原 夕莉
九井原 夕莉
……ううん、きっと嬉しいと思うよ
私もそうだったから。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(美空のためにも、早く三好先輩を見つけなくちゃ……)




食人鬼と人の恋。


そんな辛い、叶わない恋に美空もまた踏み込んでいるのだ。


そう思うと、自分と美空が重なって胸が締め付けられた。



















****





三好先輩と戦ったあの日、帰宅すると皐月ねえは私をひっぱたいた。


今まで皐月ねえに叩かれたことなんてない。


力強い、容赦のないビンタは、すっごく痛かった。

九井原 皐月
九井原 皐月
約束を破ったね、夕莉
九井原 皐月
九井原 皐月
食人鬼は恋をしちゃいけないって言ったでしょ
皐月ねえは、はたかれた私よりも泣きそうな表情で言った。
九井原 皐月
九井原 皐月
私も、昔……
唇を震わせながら皐月ねえは小さく呟いたから、最後の方はよく聞こえなかった。
九井原 皐月
九井原 皐月
食人鬼っていうのは、好きな人も自分も、何もかも傷つけて壊してしまうの
九井原 皐月
九井原 皐月
だから、夕莉――――
なんて、残酷な宣告なんだろうって思った。






























****





私と上嶋くんはもう一度、食人鬼事件があった所を一緒に回っていたーー仮面の男につながる手がかりを探して。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
この手紙……
九井原 夕莉
九井原 夕莉
うん、机の中に入ってた
朝教室に着いた時、机に入っていた手紙を私は上嶋くんに渡した。逆さハートの紋章が封筒に刻印されている。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
でも、中身は空っぽだったの……
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
妙だな……なぜ空の封筒だけを渡す必要が?  何かのメッセージか……?
九井原 夕莉
九井原 夕莉
上嶋くんって、あの仮面の男を知ってるんだよね?
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
ああ、昔ゆうかの事件の時に見かけたような気がして……


夕日がゆっくりと地平線に浸って、オレンジ色の光が溢れている。

上嶋くんの整った鼻筋が淡い光が照らされて、薄らと夕暮れに染められた横顔につい見とれてしまう。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
こら、捜査をさぼるな。俺がイケメンだからって
ぼーっとしてた私を、上嶋くんは手帳でポンと叩いて冗談ぽく言う。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
だって、イケメンが好物なんだもん。仕方ないじゃん
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
はいはい、本当に面食いだな。イケメンを見かけて捜査を抜け出したりするなよ
九井原 夕莉
九井原 夕莉
むー、確かにイケメンは好きだけど今好きなのは上嶋くんだけだよ
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
……ん?
九井原 夕莉
九井原 夕莉
……あれ?
ぼわわわっと沸騰するみたいに顔が熱くなっていく。
上嶋くんの表情もどこかぎこちなくなっている気がした。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
え……今、なんて
九井原 夕莉
九井原 夕莉
あーあー!  今好みのイケメンは上嶋くんだけってこと!
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
俺だけ……!?
九井原 夕莉
九井原 夕莉
や、その、別に特別な意味はないよ!?
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
な、ないのか……
九井原 夕莉
九井原 夕莉
や、そんなことは……
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
え?  や、やっぱり特別なのか……!?
九井原 夕莉
九井原 夕莉
あーーーー!  その特別だけどその!  そういう意味のっていうか、えっとその
二人して顔を赤くしながらわたわたとして収拾がつかない。


その時、きゃーっと子供たちのはしゃぎ声がそばを通った。ゆかたを着た子供たちが風のように走り去っていく。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
…………近くで祭りでもやってるのか?
九井原 夕莉
九井原 夕莉
……お祭り!?  行ってみたい!!
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
うおっ、急にイキイキし始めたな
九井原 夕莉
九井原 夕莉
うん、 色んな屋台があってわくわくするし楽しいから!  それに……なんでもない   行こう、上嶋くん!
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
……わっ、おい!




私は上嶋くんの手を握って走り出す。
自分から握ったくせにドキドキしてしまって、はやくと上嶋くんを急かすように走り出した。













わたあめ、金魚すくい、射的、じゃがバター、型抜き、神社の一本道に屋台が並んでいる。横幅の狭い道だから人が溢れかえっていた。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
わー……人がいっぱい
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
はぐれるなよ、狭いからもっとこっち
ぐいっと腕を引っ張られて体が密着し、ドキッとする。見上げるとすぐ側に上嶋くんの顔があって、すぐに目を逸らした。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
……こ、こんなくっつく必要ってあるかな
だんだんと萎むような声で、恥ずかしさのあまりについ聞いてしまった。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
お前をまた、一人にさせたくないからな


ぐっと、上嶋くんの腕に力がこもってさらに距離が近くなる。


優しくて、かっこよくて――


でも、そんな上嶋くんの言葉に私は胸がきつく締め付けられた――。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
……あ、何あれ
ぷよぷよすくい、と書いてある看板を発見して思わず指を指す。スーパーボールよりも小さい玉が大きなガラスケースに沢山詰められていた。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
宝石みたいで綺麗
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
珍しいな……
屋台のおじさん
やあ、お嬢さん。やってみますか?
縁日に似合わない紳士服を着たおじさんが洗礼された所作でさっとすくいあみを渡してくれた。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
よーしっ
飴玉みたいに色とりどりの光沢を放つ玉。青色系の色が集まっている所を緊張しながからそっとすくう。


ゆっくりすくったはずなのに、ぷよぷよとした玉は意外とポロポロと零れてしまった。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
はは、下手くそ
九井原 夕莉
九井原 夕莉
むぅー、じゃあ上嶋くんやってみてよ
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
はいはい
上嶋くんは私を後ろから抱え込むような姿勢で、手首を掴んだ。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
こうやってやるんだよ……そっと
九井原 夕莉
九井原 夕莉
わ……(み、密着してる……!?)
九井原 夕莉
九井原 夕莉
あ、あの上嶋くん。この体勢……
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
?  こうすれば沢山すくえるだろ
九井原 夕莉
九井原 夕莉
……上嶋くんって、そういう所あるよね
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(ドキドキしてさっきよりも緊張しちゃうよ……)


さっと手首だけを軽く動かすように上嶋くんが誘導すると、さっきよりも多くすくえた。水色や紺などの他に桃色や赤味のつよいピンクも少し混じっている。
屋台のおじさん
この小瓶に入れてあげましょう。さわやかな桃の香りもつけておきました


小瓶を受け取ると、もぎたてのような新鮮で澄み切った香りがした。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
はい、これ上嶋くんにあげる
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
え?
九井原 夕莉
九井原 夕莉
上嶋くんぽい色で綺麗だなあって思ってほしかったの
私がそう笑いかけると、上嶋くんはため息をついて顔の半分を手で覆った。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
お前、本当にそういう所……
九井原 夕莉
九井原 夕莉
?  どうかした?
なんとなく、上嶋くんの顔が赤い気がする。お祭りの暖色が反射してるのだろうか。
上嶋くんは咳払いをすると、スタスタと射的の屋台に足早に向かった。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
ちょ、ちょっと待ってよ
人混みを何とかかき分けて、無言で離れていった上嶋くんに追いつく。

上嶋くんは射的の銃を構えて、私に見向きもせずに真剣に的を狙っていた。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(さっきのプレゼント、気に入らなかったのかな……)
黙ったままの上嶋くんに不安になって俯く。
パンと、鉄砲を撃つ乾いた音が響いた。

射的のおじさん
いや〜ん、お兄さん。一発で取れちゃうんなんてすごーい!
派手なスカーフを巻いたおじさんがくねくねしながら上嶋くんに商品を渡した。

上嶋くんは受け取ったそれを私に雑に押し付ける。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
ほら、これ
ふわふわの、黒い猫のぬいぐるみ。目がピンク色でちょっと気が強そうなつり目だ。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
お前に似てるよな、素直じゃなさそうな所とか
九井原 夕莉
九井原 夕莉
むっ、それは上嶋くんの方でしょ?
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
そうか?   俺はそれをお前にあげたいって素直に思ったんだけど
九井原 夕莉
九井原 夕莉
な……
さらりと、そういうことを言っちゃう君がずるい。
いつもはもっと回りくどいのに、たまに真っ直ぐな言葉をかけてくる君が――――。













ヒューーーッ



パァン。















突然、音と光が弾ける。
極彩色の光の花びらが夜空に咲いて、散った。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
……綺麗
次々と花火が空に上がって、流星みたいに落ちていく。一瞬だけ光っては、消えていって。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
……もっとよく見える所へ行こう
そう言って上嶋くんは私の手を握った。

決して離さないように、強く。

今までにないくらい、熱い手のひらだった。


人混みから守るように前に立って、境内の方へ歩いていく。
大きい背中、白くて甘そうな項、たまに寝癖がついた髪。


愛おしい後ろ姿、今はこんなにも近い。

















ぎゅっと、後ろから上嶋くんを抱きしめた。



彼の歩みが止まって、時間が止まったみたいに周りの音が聞こえなくなった。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
私は、上嶋くんのことが――――





パァンッ――――


一際大きな花火の音がして、人々の歓声が上がった。






上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
夕莉…….?
もっと君の熱を感じていたいけど、そっと背中から離れる。


繋いでいた手も、自分で振り解いて後ろに下がった。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
ごめんね、上嶋くん。私――――君の助手をやめる












「だから、夕莉――――好きなら傍にいちゃいけない」













皐月ねえの、残酷で辛い宣告――でもそれは、正しいことだと思った。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
…………な、んで
境内の前にたどり着いていた上嶋くんが振り返る。

賑やかな祭りの喧騒を背に私は微笑んだ。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
ダメなんだ……君と一緒じゃ。私また……
うまく笑えてるか分からない。

最後に泣いて別れるのは嫌だった。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
そんな、急に……冗談だろ
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
発作だって、大丈夫だ。もうわかってる、だから……
切なそうに顔を歪めながら、上嶋くんはそれでも優しい言葉をかけてくれる。


でも、私は首を振った。

ゆっくりと重い足取りで後ずさる。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
ごめんね、上嶋くん――さよなら
そう言って、私は祭りの喧騒に溶け込んで
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
夕莉!
――涙を振り切って駆け出した。



花火を見物しながら楽しそうに笑う人々の間を走り抜ける。








泣いてるの、見られたかな。


ポロポロと、風に涙がさらわれていくのが分かる。



走っても、走っても、涙が止まってくれない。








さよなら、大好きな人。







これを、最初で最後の恋にします。

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