三好先輩との対峙から1週間。
あんな大変な事件があったのに、昼休みの教室はいつも通り賑やかで少し煩わしい。
私は五段弁当をかきこんでいる美空の頬を拭いてあげた。
美空は気を失っているうちに、皐月ねえが家の前まで運んだので事件のことは覚えていない。
自分が気を失ったのは体力がなかったからだと、美空は前よりも昼ごはんの量を増やした。
美空は箸を止めて寂しそうに呟く。机からテープで貼り付けたつぎはぎの手紙を取り出した。
その手紙は1度美空がバラバラに破いて、それを私が集めて繋ぎ合わせたものだ。
書き直しを勧めたけど、美空は夕莉が繋ぎ合わせてくれたこれを渡したいと言ったのだった。
美空は痛みを堪えるように笑う。
私もそうだったから。
食人鬼と人の恋。
そんな辛い、叶わない恋に美空もまた踏み込んでいるのだ。
そう思うと、自分と美空が重なって胸が締め付けられた。
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三好先輩と戦ったあの日、帰宅すると皐月ねえは私をひっぱたいた。
今まで皐月ねえに叩かれたことなんてない。
力強い、容赦のないビンタは、すっごく痛かった。
皐月ねえは、はたかれた私よりも泣きそうな表情で言った。
唇を震わせながら皐月ねえは小さく呟いたから、最後の方はよく聞こえなかった。
なんて、残酷な宣告なんだろうって思った。
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私と上嶋くんはもう一度、食人鬼事件があった所を一緒に回っていたーー仮面の男につながる手がかりを探して。
朝教室に着いた時、机に入っていた手紙を私は上嶋くんに渡した。逆さハートの紋章が封筒に刻印されている。
夕日がゆっくりと地平線に浸って、オレンジ色の光が溢れている。
上嶋くんの整った鼻筋が淡い光が照らされて、薄らと夕暮れに染められた横顔につい見とれてしまう。
ぼーっとしてた私を、上嶋くんは手帳でポンと叩いて冗談ぽく言う。
ぼわわわっと沸騰するみたいに顔が熱くなっていく。
上嶋くんの表情もどこかぎこちなくなっている気がした。
二人して顔を赤くしながらわたわたとして収拾がつかない。
その時、きゃーっと子供たちのはしゃぎ声がそばを通った。ゆかたを着た子供たちが風のように走り去っていく。
私は上嶋くんの手を握って走り出す。
自分から握ったくせにドキドキしてしまって、はやくと上嶋くんを急かすように走り出した。
わたあめ、金魚すくい、射的、じゃがバター、型抜き、神社の一本道に屋台が並んでいる。横幅の狭い道だから人が溢れかえっていた。
ぐいっと腕を引っ張られて体が密着し、ドキッとする。見上げるとすぐ側に上嶋くんの顔があって、すぐに目を逸らした。
だんだんと萎むような声で、恥ずかしさのあまりについ聞いてしまった。
ぐっと、上嶋くんの腕に力がこもってさらに距離が近くなる。
優しくて、かっこよくて――
でも、そんな上嶋くんの言葉に私は胸がきつく締め付けられた――。
ぷよぷよすくい、と書いてある看板を発見して思わず指を指す。スーパーボールよりも小さい玉が大きなガラスケースに沢山詰められていた。
縁日に似合わない紳士服を着たおじさんが洗礼された所作でさっとすくいあみを渡してくれた。
飴玉みたいに色とりどりの光沢を放つ玉。青色系の色が集まっている所を緊張しながからそっとすくう。
ゆっくりすくったはずなのに、ぷよぷよとした玉は意外とポロポロと零れてしまった。
上嶋くんは私を後ろから抱え込むような姿勢で、手首を掴んだ。
さっと手首だけを軽く動かすように上嶋くんが誘導すると、さっきよりも多くすくえた。水色や紺などの他に桃色や赤味のつよいピンクも少し混じっている。
小瓶を受け取ると、もぎたてのような新鮮で澄み切った香りがした。
私がそう笑いかけると、上嶋くんはため息をついて顔の半分を手で覆った。
なんとなく、上嶋くんの顔が赤い気がする。お祭りの暖色が反射してるのだろうか。
上嶋くんは咳払いをすると、スタスタと射的の屋台に足早に向かった。
人混みを何とかかき分けて、無言で離れていった上嶋くんに追いつく。
上嶋くんは射的の銃を構えて、私に見向きもせずに真剣に的を狙っていた。
黙ったままの上嶋くんに不安になって俯く。
パンと、鉄砲を撃つ乾いた音が響いた。
派手なスカーフを巻いたおじさんがくねくねしながら上嶋くんに商品を渡した。
上嶋くんは受け取ったそれを私に雑に押し付ける。
ふわふわの、黒い猫のぬいぐるみ。目がピンク色でちょっと気が強そうなつり目だ。
さらりと、そういうことを言っちゃう君がずるい。
いつもはもっと回りくどいのに、たまに真っ直ぐな言葉をかけてくる君が――――。
ヒューーーッ
パァン。
突然、音と光が弾ける。
極彩色の光の花びらが夜空に咲いて、散った。
次々と花火が空に上がって、流星みたいに落ちていく。一瞬だけ光っては、消えていって。
そう言って上嶋くんは私の手を握った。
決して離さないように、強く。
今までにないくらい、熱い手のひらだった。
人混みから守るように前に立って、境内の方へ歩いていく。
大きい背中、白くて甘そうな項、たまに寝癖がついた髪。
愛おしい後ろ姿、今はこんなにも近い。
ぎゅっと、後ろから上嶋くんを抱きしめた。
彼の歩みが止まって、時間が止まったみたいに周りの音が聞こえなくなった。
パァンッ――――
一際大きな花火の音がして、人々の歓声が上がった。
もっと君の熱を感じていたいけど、そっと背中から離れる。
繋いでいた手も、自分で振り解いて後ろに下がった。
「だから、夕莉――――好きなら傍にいちゃいけない」
皐月ねえの、残酷で辛い宣告――でもそれは、正しいことだと思った。
境内の前にたどり着いていた上嶋くんが振り返る。
賑やかな祭りの喧騒を背に私は微笑んだ。
うまく笑えてるか分からない。
最後に泣いて別れるのは嫌だった。
切なそうに顔を歪めながら、上嶋くんはそれでも優しい言葉をかけてくれる。
でも、私は首を振った。
ゆっくりと重い足取りで後ずさる。
そう言って、私は祭りの喧騒に溶け込んで
――涙を振り切って駆け出した。
花火を見物しながら楽しそうに笑う人々の間を走り抜ける。
泣いてるの、見られたかな。
ポロポロと、風に涙がさらわれていくのが分かる。
走っても、走っても、涙が止まってくれない。
さよなら、大好きな人。
これを、最初で最後の恋にします。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。