樹と気まずくなってから10日くらいたったけど、気分は最悪なままだった。
『暴走族じゃなければよかったのに』
あんな言葉、言いたかったわけじゃなかった。
でも、どうしてもお母さんのことがグルグルして、思わず言ってしまった。
樹たちのこと、本当に好きだと思う。
信頼もすごくしてる。
だからなおさら、彼らが暴走族じゃなかったら、何も後ろめたくなく仲良くなれたのかなと思ってしまう。
樹は暴走族っていうのを、色眼鏡で見られるのをすごく嫌がってるのに。
口に出してみると、予想以上に胸がズキズキする。
嫌われたくない。
またあなたって呼んで欲しい。
あの時はふざけてるって思ったけど、ゴリラとかなんやら、バカにし合って笑い合ったのも本当に楽しかった。
放課後、こうやって1人になるのは大丈夫なはずだったのに今は物足りなくて。
家でも、ここ10日間は全てがつまらなかった。
こうやって待っていたら、「早く来い」って呼びにきたり、とか。
ふと携帯を見たら、【今日は夕飯4人分追加な】って樹からメールが来たり、とか。
バカだな、私。
そんなこと考えていたら、気づけば教室に1人。
待ってても、彼らが来てくれるわけではないし。
机に出しっぱなしにしていた教科書を片づけていると、
1冊のノートが間にあった。
ところどころ盛り上がった、古いノート。
昨日、教科書が変わるからって荷物を整理した時の紛れちゃったのかな。
何が書いてあるんだろう。
いつも明るかったお母さんの、弱音の吐き出しものだったらどうしよう。
そう思ったら、ずっと読めずにいた。
でも、それは私の予想とは違ったものだった。
中には、幼い頃の私の写真が数枚と、お母さんの手書きのメモ。
箇条書きのように、その日あった出来事が書かれていた。
私の泥だらけの写真。その下には……。
【あなた、かけっこで1位!】
と書かれていた。
っていうか、かけっこで1位になりながら泥だらけって。
私ってば何したんだろう……。
ページを次々とめくり、目を通す。
そして最後のページをめくろうとした時。
私の手が止まった。
端っこに書かれたお母さんの文字。
【あなたは宝物で、私はあなたが大好きです。だから、あの人に出会ったこと、後悔してません】
私は無意識にその文字をなぞっていた。
後悔してないって、力強く書かれた文字。
私、何をやってるんだろう。
本当にこれでいいのかな。
……RAMPAGEから目をそらしたままでいいのかな。
もしもこのままお母さんのことを言い訳にして、樹たちから離れてしまったら、私、絶対後悔する。
人が感極まってる時に、おかまいなしに教室に入ってきたのは陸くん。
……どうしてそうなる。
この10日間、私のまわりに人がいなくなった時を狙って声をかけてくるの、絶対わざとだよね?
いつもそのセリフ言ってくるね。
昨日まではグルグルと悩んでいた。
けど私、決めたんだ。
仲よくするというか、今まで通りに戻りたいと思った。
壱馬はどこか性格も笑顔も黒いし、
北人はチャラくて発言が変態。
慎はいつもふてくされてて、
翔平なんてうるさいしバカだけど。
みんなの輪の中は居心地がよくて、気づけば笑ってることが多かった。
樹のことも……。
私は、そのすべてが樹で、そのすべてがなきゃ樹じゃないと思う。
その1つでも欠けた樹といたいなんて、思わない。
やばい……、気持ちが高ぶっちゃって涙が出そう。
うっすら鼻声になったけど、私は止めなかった。
……あぁ、どうしよう。
今、とてつもなく樹に会いたい。
そしてちゃんと伝えたいの。
なんか少し泣きそうになってしまったことが悔しくて笑ってみせる。
私のその下手な笑顔を見てか、陸くんの眉間にシワがよる。
そして、
そう言って私の腕を掴んだ。
__バンッ!
思いっきり身を引こうとした時、教室のドアが乱暴に開いた。
そこには少し息を切らした樹が。
なんでそんなに焦って……?
樹は無言でズカズカとこちらに向かってくると、そのまま陸くんの腕を掴んで、私から遠ざけるように軽く突き飛ばした。
樹は陸くんを睨む。
けど、次の瞬間にはもう目は逸らしていて、
その視線は私へ。
腕が解放されて少し安心する。
……来てくれたんだ。
私、樹に言いたいことがあるの。
……謝らなきゃ、と思っていたの。
そう一呼吸おいて、樹は言った。
樹はゆっくりとそう言い終わると、合わせていた目を照れたようにそらした。
これを言いたかったんだ、と言われ、なんか私まで照れてしまう。
私は呆然と立っている陸くんに、お母さんのノートを押し付けた。
今は、このまま樹といたいってこと。
陸くんは私の押し付けたノートを受け取ると、はぁ〜、と長いため息をついた。
意外とあっさり引き下がったことに少し驚く。
陸くんはそう言って、教室から出ていった。
きっと陸くん、本人もそう言ってた通り心配もしてくれてたんだと思う。
私が、いくら悩んでも答えが出せないくらいなら、お父さんの所へ行った方がいいって考えてくれたのかもしれないし……。
そう考えると、悪い人ではなかったのかな?
結構イライラしたことも多かったけど!
……けど、今回のことで本当にはっきりしたの。
私がどうしたいか……。
だってほら、なんかしんみりしちゃったし。
思ってること、そのままにしたらそうなっちゃったんだもん。
樹はそう言って、私の手を引いた。
私に背を向けて、1歩前を歩く樹。
あぁ、どうしよう。
心臓が、すごくうるさいよ。
その手の温もりが移ったかのように、胸が温かくなった。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!
転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。