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第20話

ただいま
3,537
2023/07/13 23:00
 結論からいうと、私は無事に元の世界に帰って来ることができた。

 気がつくと病院のベットの上で、両親や友人が泣いて喜んでいた。
 どうやら私はあの肝試しの日からまるまる一ヶ月間行方知れずになっていたらしい。
 トンネルから出て来た友人たちは車に私の姿がないことに気付き、慌てて警察に相談し、地元の人や警察が懸命な捜索を続けるも一向に見つからなかったらしい。

 もう駄目だと諦めかけていたとき、あのトンネルの方から鈴の音が聞こえてきたという地元住民が様子を見にいき、トンネルの前で倒れている私を発見した――ということらしい。
アユミ
ごめん……ゆづるごめんね!
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
……無事でよかった
 友人たちが無事で心の底からほっとして、みんなで抱きあって泣いた。
 両親もひどくやつれているようにみえた。本当に、本当に心配をかけてしまったようだ。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
ねえ……もう一人、いなかった?
お母さん
……もう一人?
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
うん。私の他にもう一人、男の子が倒れてなかった……?
お母さん
いいえ……トンネルの前に倒れていたのはゆづる一人だけだったって
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
そう……
 自分一人だけ戻ってきてしまった。
 おにいちゃん……宵くんはあの異界と一緒に消えてしまったんだろうか。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
その写真……
 ふとベッドサイドの台を見ると、一枚の写真が置かれていた。
 それはあの時、彼が私に渡してくれたものだ。
 無意識に握りしめていたのか、かなり皺がよっていたけれどきちんと持って帰って来られたんだ。
お母さん
ゆづるが見つかったときに握りしめていたのよ。
それ、宵くんの写真よね。ゆづるが小さいときいつも遊んでくれていて……あなたも「おにいちゃん」ってよく懐いてて。
ふふ……初恋だったんじゃない?
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
そっか……みんな宵くんのこと、思い出したんだ
 彼は私と一緒に帰って来られたんだ。
 この写真と一緒に、みんなの記憶の中に宵くんは戻って来た。
 でも、この世界に彼はいない。
 私はそれがたまらなく辛くて、悲しかった。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
……うっ
お母さん
ゆづるどうしたの……どこか痛い……?
 写真を握りしめ涙を流す。
 蹲る私の背中をお母さんは優しく撫でてくれた。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
(嘘つき……嘘つき! 一緒に帰ろうっていったのに!)
 どれだけ願っても宵くんは私の前に姿を現すことはなかった。
 喪失感を抱きながらもあっという間に時は流れ、半月後私は無事に大学に戻ることができた。 
アユミ
ゆづる~、今日飲みにいかない?
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
今日はパス。まっすぐ帰るから!
アユミ
なになに? 彼氏でもできたの?
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
そんなんじゃないよ、今日はバイトの面接なんだ!
 友人と別れ、帰路につく。
 元の世界で過ごす時間が増えるほど、私の中から少しずつ異界で過ごした記憶が消えていくのがわかる。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
……宵くん
 その度に私は宵くんが渡してくれた写真を見返した。
 あの異界での思い出。彼と交わした約束を何度でも自分に刻み込む。
 私が覚えている限り、彼が消えることはないはずだから。きっと彼は約束を守ってくれる。
 だって、絶対一緒に帰ろうと約束したんだから。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
えっと……ここ、だよね
 大学と自宅アパートの丁度中間にある駅。
 そこの近くの駄菓子屋さんでアルバイトを募集しているという話を聞き、面接にやって来たのだ。
 異界で彼と過ごした駄菓子屋。
 同じ場所にいれば、きっと記憶が薄れることはないと考えた。
???
???
いらっしゃい。なにかご用ですか?
 趣ある店構えに見惚れて店先で立ち止まっていると、中から店員さんらしき人が現れた。
 私より少し年上の、優しそうな青年だった。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
あ、あのっ。こちらでアルバイトを募集していると聞いて……私、木﨑ゆづるといいます!
???
???
ゆづる――
 お兄さんは不思議そうな顔で私の名前を復唱する。
 少し立つとはっとした顔をして。信じられないというように私を見つめてくる。
???
???
そうだ……思い出した。
……あの。僕のこと……覚えてる?
 戸惑いがちに彼は自分のことを指さした。
 その瞬間、私の頭の中に色鮮やかに記憶が蘇る。薄れかけていた異界での記憶が全部。
 ああ、そうだ。この人は。彼は――。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
宵……くん?
宵
遅くなってごめん。
約束通り帰ってきたよ……ただいま、ゆづる
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
……本当に、本当に宵くんなの!?
 照れくさそうに笑う彼に、私は驚いて詰め寄った。
 異界にいたマヨイくんが成長し、一人の大人として私の前に立っている。
 身長は大分伸び、目線は高くなっている。
 大人びてはいるが優しそうな顔立ちは、かつての面影を十分に残していた。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
どうして……だってあのとき!
宵
僕もよく分らないんだけど、多分、どこかの不器用な神様が世界の記憶を書き換えてくれたんじゃないかな。
三年前にいなくなった僕とは違う人間として、こっちの世界で普通に大学生として過ごしてたんだ
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
……どういうこと?
宵
立ち話もなんだから、中に入って。
ゆづる、きっとびっくりするよ
 宵くんは悪戯っぽく笑いながら私を店に入るように促した。
 頭の整理がつかないまま店内に入った私は、再び言葉を失うことになる。
オオガ
オオガ
――いらっしゃい
 店の奥にいる強面の男性。
 派手な柄シャツにサンダル。そしてツンツンの金髪にサングラス。間違いないこの人は――。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
オオガ――さん?
オオガ
オオガ
俺はどこにいっても駄菓子屋の店番がお似合いのようだな
 ニヒルな笑みを浮かべているのはオオガさんだった。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
え!? なんで……でも、オオガさんは神様で……え!?
オオガ
オオガ
俺も消えるつもりだったんだがな、気付いたらここの駄菓子屋の店主になってたんだよ。
今は……お前らと同じ人間様だよ。毎日毎日ガキの相手して……面倒くさいのなんの
宵
僕はここに居候しながら、大学に通っているんだ
 顔を見合わせて微笑む二人。
 異界の時とその関係性は変わっていなかった。
 衝撃の事実に私は驚きを通り越して嬉しい涙を流す。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
……よかった。よかった……私一人だけ帰って来ちゃったって思って……
オオガ
オオガ
安心しろ。異界にいたヤツらも、宵みたいに『書き換えて』こっちの世界で過ごしてる。
……なにせ俺は有能な元神様だからな
 あのオニたちもちゃんと帰るべき場所に帰れたんだ。
 よかった。本当によかった。
宵
で、どうするオオガ。この子がここで働きたいっていってるんだけど?
オオガ
オオガ
はっ、んなもん最初から答えはひとつじゃねえか。
俺がなんていおうが、お前は貫き通すんだろ? 頑固者だもんな
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
……え
 にやりと笑い、宵くんは私の名前を呼んだ。
宵
ゆづる。別れる前、元の世界に帰れたら伝えたいことがあるっていっただろ?
 宵くんに腕を引かれた。
 私はバランスを崩し、彼の胸に飛び込む形になる。
宵
好きだよ、ゆづる。
僕とこれからもずっと一緒にいて欲しい
 その告白に私の目から一筋涙が零れる。
 心の中が温かくなって満たされていく。
 返事を尋ねられなくても、私の答えはもう決まっていた。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
私も、宵くんのことが好き。ずっとずっと……好きだった!
オオガ
オオガ
あー……見てらんねえよ、ったく。
後はお若いお二人さんでどうぞ。店は閉めといてやるからよ
 オオガさんは呆れたように店の外に出て、遊びにきた小学生に「今日は休みだ」とぶっきらぼうにいいながらシャッターを下ろした。 
 外から小学生とオオガさんが楽しそうにじゃれあう声が聞こえるが、店の中はしんと静まり返っている。
 二人きりの店内で私たちはこれまでの時間を埋めるように、ずっと抱きしめあっていた。
宵
これからはずっと一緒だよ。ずっとずっと、ゆづるの傍にいる
 宵くんはとても幸せそうに微笑んで、その顔を近づけてくる。
 私は目を閉じて、そのまま彼に身を委ねたのだった。
 異界での不思議な出来事は幕を閉じ、私たちは元の世界で動き出す。
 いつかあの異界で過ごした記憶が全て消えたとしても、今私たちは一緒にいる。
 きっとこれからもずっとみんなで同じ時間を過ごしていくのだろう。

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