第18話

ラムネとビー玉
3,245
2023/06/29 23:00
 社の前に座る三人の手にはラムネの瓶。
 マヨイとゆづるの間に大人しく座るオオガ。先程まで死闘を繰り広げていたとは思えないほど、和やかな空気が流れていた。
マヨイ
マヨイ
ほら、オオガ。準備はいい?
オオガ
オオガ
お、おう
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
じゃあ、いくよ。せーのっ!
  

 三人で一緒にラムネのビー玉をかこんと押した。
 少し温くなったラムネはしゅわっと泡が勢いよく溢れだし、三人は慌てて口をつけて飲んでいく。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
んーっ、おいしい! 瓶のラムネなんて飲んだのいつ以来だろう!
マヨイ
マヨイ
はは……そうだね。体を動かした後だから余計に美味しく感じる
 しゅわしゅわとした清涼感溢れる甘みが口の中に広がる。
 久々に感じる喉の潤いに、ゆづるとマヨイは迷うことなく喉を鳴らして飲み進めた。
 その様子をオオガは困った顔で見つめていた。
オオガ
オオガ
オマエらいいのかよ。
散々ここのモノは喰うな飲むなだ大騒ぎしてたじゃねえか
マヨイ
マヨイ
まあ、ダメだけど。僕たちもこっちに染まりすぎているし。
今さらラムネ一本くらい平気でしょ
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
怖がりすぎるのも駄目なんですよ。ほら、病は気からっていいますし
ようは気の持ちようなんですよ
オオガ
オオガ
はっ……なんだよその理屈
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
それに……もし記憶が消えたって、お互いにちゃんと覚えているから大丈夫です
 オオガを挟み、ゆづるとマヨイは顔を見合わせ微笑みあった。
オオガ
オオガ
はーっ、甘ったりぃ……!
お前らには敵わねぇわ! 負けだ負けだ! 俺の負け!!
 オオガは呆れたようにため息をつきながら、ラムネをぐいっと飲み干した。
 空の瓶を夕日に掲げ、中で転がるビー玉を切なそうな瞳で眺めている。
マヨイ
マヨイ
オオガこそ……もういいのか?
オオガ
オオガ
あー……もういい。今さら戦う雰囲気でもねぇし、すっかり毒気抜かれちまったしなあ
 オオガは瓶を自分の横に置き、後ろ手に体重をかけながら空を見あげる。
オオガ
オオガ
なんか懐かしいなあ……
マヨイ
マヨイ
ん?
オオガ
オオガ
俺はずっと……誰かとこうしたかった気がする
 体を元に戻しオオガは笑う。
 その表情はまるで憑きものが落ちたかのように爽やかなものだった。
マヨイ
マヨイ
こんな回りくどいことしなくても、寂しいなら寂しいって素直になればよかったんだよ
オオガも大概不器用だよね
オオガ
オオガ
はっ、お前にはいわれたくねえよ……だが、そうだな。
いつの間にか俺は一人で意地張ってたんだ。
もう潮時か……俺は、俺の責任を果たさねえと、な
 全員がラムネを飲み干したとき、急に周囲が暗くなり始めた。
 太陽に雲でもかかっているのかとゆづるとマヨイは顔をあげる。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
日が……
マヨイ
マヨイ
沈んでる……
 マヨイとゆづるは空を見て驚いた。
 これまでずっとこの世界の空を真っ赤に染めていた日が傾き、夜になりかけているではないか。
オオガ
オオガ
――マヨイ、ゆづる。お前らはもういくんだ
マヨイ
マヨイ
オオガ?
 オオガは二人の背中を押しやり、無理矢理社から離れさせた。
 驚くマヨイたちを追い払うように彼はしっしと手を動かす。
オオガ
オオガ
勝負は二人の勝ちだ。だから俺はこの異界の神として約束を果たす
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
約束……って
オオガ
オオガ
元の世界に帰してやるっつってんだよ
 呆れながら二人を見つめるオオガの目にはもう敵意はなかった。
 腹を括ったように立ちあがり、社の前で両手を広げる。
オオガ
オオガ
俺はこの異界を……この村を完全に閉じる。
一度しかいわないからよく聞け。
日が完全に落ちる前にあのトンネルをくぐり抜けろ。そうしたらお前達は元の世界に帰ることができる。
もし……間に合わなかったら、俺と共に永遠にこの村に閉じ込められることになるぞ
 オオガの言葉に二人は目を見開いた。
 そうしている間にも、少しずつ日は山の向こうへと落ちていく。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
そうしたらまたオオガさんはひとりぼっちになっちゃう!
そんなのダメだよ! 一緒にいこう!
オオガ
オオガ
俺はいい。俺はここで、俺が閉じ込めたヤツらと一緒にいる
それがオレなりの罪滅ぼしだ

 オオガはにっと笑い、ラムネの蓋を開けるとそこからビー玉を三つ取り出した。
オオガ
オオガ
ほら、持ってけ
 それぞれゆづるとマヨイにビー玉を投げ渡す。
 少し青みがかったガラス玉はとても綺麗に輝いていた。
オオガ
オオガ
餞別だ。曲がりなりにも神様からの贈り物だぞ? 有り難く思え
マヨイ
マヨイ
オオガ……
 オオガはにこりと笑って、手を振った。
オオガ
オオガ
マヨイと二人で過ごし、そしてゆづるがやってきた。
駄菓子屋が賑やかになって少しだけ昔を思い出せた気がしたよ
オオガ
オオガ
そして最後に、一緒にラムネを飲めた――もう、十分だ
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
オオガさん!
オオガ
オオガ
いいから、俺の気が変わらないうちに早くいけっての。
神様は気まぐれなんだぞ?
俺はこの村で生まれ、この村で死んでいく。それでいい
 呆れたように笑いながら、もう一度オオガは手を払った。
マヨイ
マヨイ
ゆづる……いこう
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
でもっ……!
 動こうとしないゆづるの手をマヨイはもう一度強く引いた。
マヨイ
マヨイ
いこう、ゆづる。僕らはいかなきゃ駄目なんだ。
それでいいんだろ……オオガ
 オオガを見るマヨイ。
 彼らは視線だけで何かを語り合い、そして何かが通じ合ったように深く頷いた。
オオガ
オオガ
ああ……仲良くやれよ、お二人さん
マヨイ
マヨイ
ゆづる、いこう!
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
オオガさん……!
 そうして二人は手を取り合い、急いで階段を駆け下りていった。
 タイムリミットはもう間もなく。二人は村の端の神社から、急いで反対方向のトンネルへと向かう。
オオガ
オオガ
じゃあ……な。
お前らと過ごせて、楽しかったぜ
 オオガは誰も居なくなった神社で、晴れやかな表情で空を見あげた。
オオガ
オオガ
さあ、俺も最後の仕事に行くかねえ……お前らも外に出たいだろ
 オオガの頭上に影が落ちる。
 彼は全てを悟ったようにその影を見た。そこには彼を取り囲むように大量のオニが立っていた。

 異界に夜がやってくる。
 寂しがりやの神様が作り出した小さな世界はもう間もなく閉じようとしていた。

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