次の日、私はまたあの広い丘に行った。
そんなことを口にしながら、丘の遠くを眺める。
少し冷たい風が頬をくすぐるこの感触は、少しだけ長月を思い出させる。
長月の風も、こんなふうに心地よかった。
月人の長くて綺麗な黒髪が、風になびいている。
今日は髪を結っていないらしい。
すると、月人はふっと笑った。
月人が嬉しそうに笑うものだから、心臓がどきっとした。
男の子って、こんな可愛く笑うっけ?
私はくすくすと笑ってから、月人を丘の上に座らせた。
月人の髪を結いながら、私は愚痴を言い出す。
モテない女の基本其の壱だよ、と華乃葉に言われた覚えがあるけど‥‥‥まぁいっか。
後ろで髪を結っているので、月人の顔は見えない。
そんな事を言いながら、髪を紐で結んだ。
すると月人は勢い良くこちらを振り向いて、私の髪を触った。
‥‥‥いや、うん。そうなんだけどね、月人。
近いんだよ。ちょっと心臓持たないからやめて頂きたい。
突然大きな声を出して立ち上がった私に、月人は目を丸くする。
妙に私のテンションが高いことに、月人は眉間にしわを寄せた。
月人はまだ不思議そうな顔をしていたけれど、これ以上眉間にしわを寄せることはなかった。
‥‥‥分かれ鈍感。天然たらし。
私が大きく溜息を吐くと、月人がいきなり私の前髪を掻き上げてきた。
水引。それは秋の花で、よく九月辺りで花を咲かせる。
何故、月人が私の額を見て「水引の紋様」と言ったのか。
それは、私の額の左上に水引の紋様が黒く浮き出ているからだ。
私が苦笑いを浮かべると、月人は笑って『風が吹いてるから。』と言った。
月人はそう言って、私の前髪についた癖を直してくれた。
‥‥‥うん。頑張れ、私の心臓。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!