ジェシカは上着を一枚脱ぐと、怪我をしていないルカの左手を取り、自分の胸元に導いた。
ルカと交流のある令嬢たちもさすがにこんな露骨な誘い方はしない。新鮮で思わずクスッと笑い声をあげてしまう。
そして、ルカの首筋にぎゅうっと抱きつく。
女一人で生きていくのは厳しいのだろう。
まあいいよ、と言ってあげたいところだし、これまでのルカなら「ちょっと遊ぶくらいなら」と手を出しただろう。だけど、今は……。
きっぱりと誘惑を跳ねのけた。
ルカは痛みに顔をしかめながら立ち上がる。
懐を探ったルカは護身用の短剣を手渡した。
アドルナート公爵家の家紋入りだ。
それに、調べようと思ったら公爵家にたどり着けるはずだ。ルカを助けたと言えばいくばくかの謝礼は払われるだろう。
ジェシカは慌てたように追いすがってきた。
ああ、最悪だ。
胸を押さえたルカはその場にうずくまる。
ジェシカは二十二時過ぎだと言っていたが、どうやら二十三時を回っているようだ。
ギリギリまでキスしなかったらどうなるのか――婚約したばかりの頃、ソフィーを焚きつけるような形で試してみたことがあったが、徐々に動悸が激しくなってきた。
すっかり誘惑する気も失せたらしいジェシカはルカをベッドへと誘導した。
だめだ。出ていかないと。
ジェシカに触れられるたび、ソフィーにも苦痛が与えられているのだ。
せっかく愛を知ったのに、「愛を得られないと」呪いが解けないなんて厳しすぎるじゃないか。
ジェシカの声すらも段々聞こえづらくなっていく。
やばい。もう持たない。
ぼんやりと諦めかけた中――
バン! と扉が開き、聞こえるはずのない声が聞こえた。
何事か言い争っているかと思うと、ルカの唇に温かいものが押し付けられた。
荒い吐息と、柔らかい髪。
ルカを生かす、ソフィーのキスだ。
ぽろぽろ涙をこぼしたソフィーは、
なんと、ジェシカに向かって宣言して見せた。
あのソフィーが。
ルカを取られまいとするように。
ソフィーの勢いに押されたジェシカはバツの悪そうな顔をしている。
ルカの方に向き直ったソフィーは怒っていた。
息苦しさはあっという間に消えてしまっていた。
ソフィーのキスによって今日を生き延びたのだ。
ふわ、と蛍のような赤い光がルカの目の前で揺れた。神の光がこの山奥まで案内してくれたのだと言う。
開けっ放しの扉の向こうにアルフレッドの姿がちらりと見えた。
ソフィーはもう一度「ルカ様のバカ!」と怒る。
ルカは驚いた。
聞き間違いかと思って繰り返してしまう。
ソフィーは顔を覆って頷いた。彼女は震えながら泣きだしてしまう。
細い指の隙間からはぽろぽろと涙が伝っていて、たまらなくなったルカはソフィーを抱き寄せた。
どうやら、すべてルカのひとりよがりだったらしい。
自分のために泣いてくれる彼女がたまらなく愛おしいと思った。
こみ上げてくる感情が溢れ出る。
気づいたらルカも泣いていた。
涙と共に、自分の中から何かがすうっと抜け落ちていくような感覚がする。
ソフィーとルカの身体からは赤い光の粒子が逃げていっていた。
二人を包む赤い光はゆっくりと消えていく。愛の神の気配も完全に消えてしまった。
呪いは、解けたのだ。















編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。