一瞬理解ができなかった
あなた様が死んだ?
そんなことあるはずがない
あの方は何回も雑渡小頭と手合わせをしていたし、
一年に渡って勝ち続けていた
あんな…
綺麗で、したたかで、
頭を撫でてくれたあの人がもう居ないなんて、
信じられなかったし、信じたくなかった
山本さんや押都さんに
何度も「走るな」と言われた廊下を走った
まだ朝は早い
でも、この時間ならあなた様は起きている
そう思って急いであなた様の部屋の襖を開けると、
あなた様を抱きしめている雑渡様がいた
本能的に理解した
雑渡小頭が今出している殺気と
はだけた着物から見える傷だらけの腕と足
そして肉が腐り始めた悪臭
それだけの要素があれば、
あなた様が死んでいることが理解できてしまった
襖を閉めた瞬間、右の肩に手を置かれた
見上げるとそこには、押都小頭がいた
反対方向に目を向けると、山本小頭もいる
二人は何も言わなかった
違う
何も言えないのだと、すぐに理解できた
私も何も言えなかった
この城全体が悲しみに暮れていることが、
手に取るように分かった
流石はプロの忍び
まだ満足に手裏剣も打てないような私とは大違い
山本小頭の言っていることが分かったのは、
それから一ヶ月ほどが経った頃だった
話には聞いていた
それでも、
自分の目で確かめるまでは信じられなかった
…信じたくなかったと、
言い換えるのはこれで何度目だろうか
学んだはずだ
忍びは、人を信じてはいけない
誰かが嘘をついているかもしれないという仮定を
常に頭に入れておかなければならないから
愛した人が、大切な人が、
明日も明後日も生きているかもしれないと
錯覚を起こすから
猛烈に理解した
この世で誰よりも苦しませて
殺してやりたいという黒い感情

アノ慈愛二満チタ美シイ人ヲ殺シテクレタナ
水蓮の両手の指に、爪は一枚もなかった
少し残念に思った
私もやりたかったのに、と
「殺さなければ何をしてもいい」と言われている
だから、ここには山本小頭も押都小頭もいない
牢の外に置いてある器具を握って、
木と木の隙間から力いっぱい水蓮の足を掴んだ
この女にも恐怖というものがあるのかと、
少しだけ理解に苦しんだ
適当に選んだ足の爪を摘んで、
力任せに引っ張りあげた
まぁそれは後々学んでいけばいい
そう思って、足を抱えて震えている水蓮を
一瞥もせずに地下牢を後にした
手裏剣を打つ練習をしながら、
高坂さんは教えてくれた
的の真ん中に手裏剣を打ってそう言う高坂さんは
私以上の覚悟を決めた顔をしていた
殿を納得させるのに、かなりの時間がかかった
雑渡小頭も組頭になって、私も元服した
あなた様はきっと、こんなことを望んでいない
そんなこととっくに理解している
でも、こうでもしないと正気を保てなかった
組頭だってそうだと思う
世界でいちばん美しいあの方が殺されたのだ
憎しみを糧にしなければ、動けなかった













編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!