第3話

午前0時、窓の外
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2025/07/15 07:57 更新
(ほのか視点)

教室の窓から見える空は、春らしくて、どこか少し泣きそうな色をしていた。
風が強い日。セーターの袖口を指で握って、私は昼休みの喧騒から少し距離を置いていた。

「購買、行った?」と隣の子が言った。

名前は、藤宮なな。
今朝、隣の席になったばかりの子。明るくて、声がまっすぐな人。

「行ってない。混んでるでしょ」
「たしかに。……私、今日プリンしか持ってきてないんだけどヤバくない?」

私は笑ってしまいそうになるのをこらえて、小さく「変な構成」とだけ返した。
それでも、ななは嬉しそうに笑ってくれる。

「ねえ、卵焼き食べる?」

言いながら、一切れだけお弁当から取って、彼女の机に置いた。
人に何かを分けたくなるときがある。
きっかけも理由もなく、ただ、あげたいなって思うことがある。

ななちゃんは、「ほんとにいいの!?」と目を丸くしてから、
ひとくちでぱくっと食べた。

「おいしい」って言ってくれて、私はちょっと安心した。

***

誰かと笑う時間は、嫌いじゃない。
でも、長く続くと疲れる。
今までの学校では、だいたい途中で「静かすぎる」とか「何考えてるのかわかんない」とか言われて、距離を置かれた。

けど、ななちゃんは違った。
無理に近づいてこないし、私の間の取り方を崩さないでいてくれる。

「……ねえ、放課後って何してるの?」

そう聞かれたとき、ちょっとびっくりしたけど――
でもなんだか、悪い気はしなかった。

「何も、してないよ」

そのまま、そう答えた。

私が、誰かと何かをする予定がないことを、少しだけ良いことみたいに感じたのは、たぶん初めてだった。

***

「……鍵、落ちてたよ」

その声が、少しだけ背筋をのばさせた。
振り返ると、桐島くんが立っていた。
斜め後ろの席の男子。クラスではあまりしゃべらない人。

無表情のまま、私のロッカーの鍵を差し出してくる。
「ありがとう」と受け取ると、すぐに彼は席に戻っていった。

短い。
それだけの会話。
でも、その“短さ”がなぜか残った。

静かだけど、真っ直ぐ。
目を見て話すわけでもないのに、ちゃんと届く。

……なんとなく。
似ている、と思った。
昔、同じクラスだった子に。

私が一人でいても何も言わなかった。
でも、誰よりもちゃんと見てくれていた。

桐島くんも、もしあの子に少し似ているのなら――
たぶん、私はまた同じことを繰り返すのかもしれない。

気づいたら、ななちゃんがこっちを見ていた。
「知り合い?」と聞かれて、私はすぐに首を横に振った。

「ううん。ただ、ちょっと……前にもいた気がする」
「前にも?」
「似た空気の子が」

そのあと、ななちゃんが何も言わなかったのは、優しさなのか、気づかなかっただけなのか。

どっちでもいい。
でも私は今、たしかにこの教室にいて、少しだけ心が動いている。

“恋”かどうかなんて、まだ全然わからない。
でも、誰かのことを見てしまうって、
少しだけ苦しくて、温かい。

午後0時の空は、相変わらず泣きそうな色をしていた。

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