(ほのか視点)
教室の窓から見える空は、春らしくて、どこか少し泣きそうな色をしていた。
風が強い日。セーターの袖口を指で握って、私は昼休みの喧騒から少し距離を置いていた。
「購買、行った?」と隣の子が言った。
名前は、藤宮なな。
今朝、隣の席になったばかりの子。明るくて、声がまっすぐな人。
「行ってない。混んでるでしょ」
「たしかに。……私、今日プリンしか持ってきてないんだけどヤバくない?」
私は笑ってしまいそうになるのをこらえて、小さく「変な構成」とだけ返した。
それでも、ななは嬉しそうに笑ってくれる。
「ねえ、卵焼き食べる?」
言いながら、一切れだけお弁当から取って、彼女の机に置いた。
人に何かを分けたくなるときがある。
きっかけも理由もなく、ただ、あげたいなって思うことがある。
ななちゃんは、「ほんとにいいの!?」と目を丸くしてから、
ひとくちでぱくっと食べた。
「おいしい」って言ってくれて、私はちょっと安心した。
***
誰かと笑う時間は、嫌いじゃない。
でも、長く続くと疲れる。
今までの学校では、だいたい途中で「静かすぎる」とか「何考えてるのかわかんない」とか言われて、距離を置かれた。
けど、ななちゃんは違った。
無理に近づいてこないし、私の間の取り方を崩さないでいてくれる。
「……ねえ、放課後って何してるの?」
そう聞かれたとき、ちょっとびっくりしたけど――
でもなんだか、悪い気はしなかった。
「何も、してないよ」
そのまま、そう答えた。
私が、誰かと何かをする予定がないことを、少しだけ良いことみたいに感じたのは、たぶん初めてだった。
***
「……鍵、落ちてたよ」
その声が、少しだけ背筋をのばさせた。
振り返ると、桐島くんが立っていた。
斜め後ろの席の男子。クラスではあまりしゃべらない人。
無表情のまま、私のロッカーの鍵を差し出してくる。
「ありがとう」と受け取ると、すぐに彼は席に戻っていった。
短い。
それだけの会話。
でも、その“短さ”がなぜか残った。
静かだけど、真っ直ぐ。
目を見て話すわけでもないのに、ちゃんと届く。
……なんとなく。
似ている、と思った。
昔、同じクラスだった子に。
私が一人でいても何も言わなかった。
でも、誰よりもちゃんと見てくれていた。
桐島くんも、もしあの子に少し似ているのなら――
たぶん、私はまた同じことを繰り返すのかもしれない。
気づいたら、ななちゃんがこっちを見ていた。
「知り合い?」と聞かれて、私はすぐに首を横に振った。
「ううん。ただ、ちょっと……前にもいた気がする」
「前にも?」
「似た空気の子が」
そのあと、ななちゃんが何も言わなかったのは、優しさなのか、気づかなかっただけなのか。
どっちでもいい。
でも私は今、たしかにこの教室にいて、少しだけ心が動いている。
“恋”かどうかなんて、まだ全然わからない。
でも、誰かのことを見てしまうって、
少しだけ苦しくて、温かい。
午後0時の空は、相変わらず泣きそうな色をしていた。












編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。