暗い部屋で、目が覚めた。
布団の右斜め上にあるデジタル時計は深夜二時を示していて、変な時間に起きてしまったなと思った。
寝ようと思って布団に潜るも、眠気が来る気配はない。
あぁ、駄目だ。
私はそう思って布団から抜け出し、部屋を出てテレビのある居間へと行った。
居間に着いた私は暗い中手探りでリモコンを探し、テレビをつける。
こんなドラマ、知らない。私の世界にこんなドラマ、ない。
畳の多いこの家では少ないフローリングの床の冷たさを感じながら、低いソファーに腰を掛けた。
未来に来て一週間が経った。
未来人たちは私たちをよくしてくれて、明日菜や壮真はすっかり今の環境に慣れている。私もそう。
それに、未来人たちの性格がよく分かってきた。
黒髪ロングの女性は、クールでちょっぴり毒舌だけど笑うととても綺麗な人。何でもできて羨ましいと思った。
短髪の男性は、ノリが良くてフレンドリー。いじられ役みたいなポジションにいるけれど、とても面白い人。不器用そうに見えて実はかなり器用だった。
ポニーテールの女性は、ちょっぴりお馬鹿だけど明るく元気。笑顔は眩しいくらいにきらきらしている太陽みたいな人。どこか私と似ていると、何故だか思った。
そして、高身長の男性。時々悲しそうな、寂しそうな顔をする。けれどとても優しくて、温かくて、彼が笑うと何故か嬉しくなる。けれど、そのふわりとした笑顔が、永遠と重なって今度は寂しくなる。よく私に声をかけてくれた。返事が曖昧な私でも、楽しそうにお話しをして、私が縁側で丸くなっていたら何も言わず側にいてくれた。
でも、と私は無言でテレビを眺め続ける。
未来人がどんなに優しくて、どんなに良い人でも、私は知らない。
このドラマだってどんなに良いストーリーだったとしても、私は知らない。
今ここにいる家だって、知っているはずなのに、同じはずなのに。私は知らない、ここは違う、私の家じゃない。
全部全部、知らない。
違う。きっとここは、夢なんだ。
そうだよ。だって、私が未来に来るわけないじゃん。永遠だってあんなこと言うわけないし。
今までのは全部、悪い夢なんだよ。
夢、なんだ。
夢、なんだよ。
だって、そう思わないと。
ぼそりと呟く。
すると、目の前から少し大きなカップが落ちてきた。
可愛い花のプリントがされたそれは、私の顔の前で止まる。
後ろを振り返ると、そこにはポニーテール‥‥をしてないポニーテールの女性が黒猫がプリントされたカップを片手に笑っていた。
目の前に出されたカップを受け取ると、掌に温かさを感じた。
カップからはもくもくと湯気が出ていて、ほんのり甘い香りがする。
状況が状況で、よく分からずポニーテールの女性を見つめていると、ポニーテールの女性は私の隣にぼふっと腰を掛けた。
そしてその横にあったのであろう毛布を私の膝に掛けてくれる。
きょとん、としている私を見て、ポニーテールの女性は優しくそう言った。
にへへ、と間抜けに笑うその声は、暗闇に溶けていく。
長い沈黙の中、私はテレビに目線を戻してまだ温かいカップに口を付ける。
こく、と一口飲むと、体全体がほっと温かくなった気がした。
ポニーテールの女性は、こく、とカップの飲み物を一口飲む。
湯気と匂いからして、彼女もホットミルクのようだ。
そして、聞かなくて良いよ、とでも言うように、彼女はへらりと笑った。
初恋。誰もが夢見る二文字。
私の初恋は、永遠だった。
一年前の冬。
手を差し伸べる皆から目をそらしていた私の名前を、何の躊躇も無く呼んでくれた。
だから私は顔を上げて、ちゃんと皆の手を取ることができて。
明日菜がずっと相談に乗ってくれてたし、壮真だって時々気を利かせてくれた。
けど、私だけが前に進めなくて。
そうしたらいつの間にかお別れの卒業式が迫っていた。
だから、決めた。
決めた‥‥はずなんだ。
‥‥‥なのに。
沁みるようなその声に、思わず涙が込み上げてくる。
─────あぁ、この人も同じだ。
あの日から、時間が止まったような気がしてならない。
嫌われても良いから想いは伝える、って、そう決めたはずなのに。
思いも寄らない時に思いも寄らない言葉を掛けられて、そこからわけがわからなくなった。
今でも分からない。
私、何かとわくんに酷いことした?
それとも、元々私のことが苦手だった?嫌いだった?
いくら考えても、分からなかった。
勿論喧嘩もしたし、嫌な思いもさせた。
けどそれは何度も仲直りして、何度も謝った。
その度仲直りできたし、大丈夫、良いよ、謝ってくれてありがとう、って何度も許してくれた。
なのに、どうして‥‥‥
ポニーテールの女性は溢れ出る私の涙を見ても驚かず、そっとテーブルにあったティッシュを一枚私に差し出してくれる。
まるで、初恋はこれからだと言うような、優しく包み込むような、柔らかな声が私の脳内に響く。
昼間の時のような、いだずらっぽい笑みだった。
─────どこまで真っ直ぐなんだ、と思った。
その時の気持ちは自分でも何て言うか分からないけど、多分この人と同じ気持ちだったはず。
それを私は乗り越えられずにいる。
けどこの人は、もう開き直ってそのまま直進しようとしているんだ。
強いな、と思った。
それと同時に、あぁ、なんて格好いい大人なんだ、と思った。
しかもそれを語るのはいつも通りちょっぴりお馬鹿な彼女で。
‥‥‥あぁ、おかしいなぁ。
でもそれが正論に聞こえちゃうんだから、私もおかしいのかなぁ。
ほんっっと、おかしいや。
そうやって太陽のように笑う彼女を見て、また涙が溢れた。
拭おうと思ってテーブルにカップを置いて目を擦るも、どんどん溢れてきて拭いきれない。
そのうち嗚咽が漏れてくる。
不思議だなぁ。私、あんな泣いたはずなのに。
まだこんなに泣けるじゃん。どうしたんだよ、私の涙腺。
しょうがないなぁ、と困ったように笑う彼女を見て、お姉ちゃんがいたらこんな感じなのかなと少し思う。
ポニーテールの女性は、そう言って脇をくすぐってくる。
なんだそれ、と笑った。
‥‥あぁ、こんなに笑ったのは何日ぶり?
そして、はいはいもうおねんねの時間でーすとわざとらしく咳払いをした彼女は、そっと私を抱き寄せる。
あったかい。ただ、あったかい。
柔らかいこの体温も、優しいこの声も、一定のリズムで私の背中に触れる、この掌も。
全部、全部、あったかい。
私はその温もりで身を包みながら、母の胸の中にいる赤ん坊のように、そっと目を閉じた。
‥‥‥うん。おやすみ、なさい。
私ね、まだ、折れてなんかやらないよ。
どんだけ好きか、証明してやるんだから。
だから、今は少しだけ。
少しだけ、この温もりに甘えさせてください。












編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。