第9話

第九話 湯守見習い、お澄
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2026/02/06 20:00 更新
 凍鬼が去った翌朝、百鬼の湯はいつもより澄んでいた。
 お澄は湯面に映る自分の顔を見つめて、小さく微笑む。
 昨日までの冷たい空気は消え、柔らかな湯気が朝日を包んでいる。
お澄
お澄
……あたたかい。
 お澄が手を浸すと、湯が静かに光って応える。
 “おはよう”とでも言うように。
 娘鞠が桶の上で伸びをしていた。
娘鞠
娘鞠
ふぁ〜、昨日はほんっと疲れたにゃ〜! でも湯が生き返った感じするにゃ♪
お澄
お澄
本当だね。まるで喜んでるみたい。
 水湧も鼻の皿を撫でながらうなずく。
水湧
水湧
お澄ちゃんのあの光、すごかったな。俺まであったかくなっちまったよ。
お澄
お澄
えへへ……ちょっと怖かったけど、みんなが守ってくれたから。
 座京は湯気の奥から現れ、静かに言った。
座京
座京
お前の心が湯を呼び戻した。もう立派な“湯守”だな。
お澄
お澄
い、いえ! まだそんな……
 お澄は慌てて手を振る。頬がほんのり赤い。
お澄
お澄
それに、私なんかが“湯守”なんて――
娘鞠
娘鞠
なんて、にゃ?
 娘鞠がにやりと笑う。
娘鞠
娘鞠
そんなこと言ってる時点で、もう立派な湯守見習いにゃ!
お澄
お澄
見習い……?
 その言葉を繰り返したとき、背後から幻蔵の声がした。
幻蔵
幻蔵
そのとおりだ。
 湯屋の主が湯気をかき分けて現れる。
幻蔵
幻蔵
お澄。
お澄
お澄
はいっ!
幻蔵
幻蔵
お前、昨日の働き、見事であった。湯を守り、妖を救い、心を澄ませた。――今日より、“湯守見習い”を名乗るがよい。
お澄
お澄
……えっ?本当に?
 お澄の瞳が大きく見開かれる。
 幻蔵はゆっくりと頷き、掌を湯にかざした。
 湯面に光の花が咲き、その中心から小さな湯玉が浮かび上がる。
幻蔵
幻蔵
これは“湯守の珠”。湯の心と通じる印じゃ。お前に預けよう。
 お澄は両手でその珠を受け取った。
 指先がじんわり温かくなる。まるで湯そのものの鼓動を感じるようだった。
お澄
お澄
……はい。大切にします。
 幻蔵の目が細く笑う。
幻蔵
幻蔵
よい顔じゃ。湯はお前を選んだようだ。
 娘鞠がしっぽをふりふりさせながら、ぱちぱちと手を叩く。
娘鞠
娘鞠
おめでとう、お澄ちゃん! これで堂々と番台の看板娘にゃ〜!
お澄
お澄
看板娘じゃなくて、湯守見習いだよ!
娘鞠
娘鞠
にゃはは、どっちでもかわいいにゃ!
 水湧が桶を持ち上げて笑う。
水湧
水湧
じゃあ祝いの湯宴だ! 桶太鼓の出番だな!
お澄
お澄
また壊す気ですか〜!?
水湧
水湧
わ、わりぃ! 今日は静かに叩く!
 笑い声が湯屋いっぱいに広がる。
 静兎がその様子を少し離れたところから見ていた。
静兎
静兎
……本当にいい子ね。
 座京が小さく頷く。
座京
座京
湯が選ぶ者は、いつも心が温かい。
 お澄は湯の珠を胸元に抱き、そっと目を閉じた。
 湯の奥から、優しい声が聞こえる。
 ――ありがとう。今日も、ここに灯を。
お澄
お澄
……うん。
 外では、妖怪達が銭湯の暖簾をくぐってくる。
 「おや、今日は一段と湯気がいい匂いだなぁ!」

 「番台の嬢ちゃん、笑顔が眩しいねぇ!」
 お澄は頬を赤らめ、笑って答える。
お澄
お澄
いらっしゃいませ、百鬼の湯へ!
 妖の笑い声が交わり、湯気が光を帯びて揺れた。
 その中心で、お澄の胸の湯守の珠が、かすかに温かく輝いている。
 ――今日も湯は、生きている。
 ――そして、お澄もまた、湯と共に生きている。
 日が沈むころ、湯屋の灯がともる。
 お澄は番台から湯を見つめ、そっと微笑んだ。
お澄
お澄
さぁ、明日もいい湯にしましょう。
 湯気がふわりと揺れ、まるで応えるように湯面がきらめいた。

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