朝、登校してきてすぐの国見くんに声をかけると、「……ん」と軽く返された。
朝は弱いって言ってたし……こんなもんかな。
相変わらずの無表情で見つめてくるので首を傾げると、なにも言わずに席についた。
……なんなんだろ。
連れション帰りの2人が教室に入ってきて、またいつもの4人が集まった。
私は女子にしては結構ゲームをする方だから、皆との会話も合う。
別にクラスの女の子達になにを言われようが思われようが、どうでもよかった。
お兄ちゃんがいて、徹くんがいて、影山くんがいて、国見くんがいて、金田一くんがいる。
この日常が、私にとって十分幸せだから。
・
もうすぐ大会ということもあり、部活の終了時間が伸びた。
先に帰ろうかとも思ったけど、お兄ちゃんは「一緒に帰る方が安心だから」って言うし家に帰ってもすることがないので残って練習を見続けた。
影山くんの事だ。
セッターって……徹くんと同じやつだよね。
へー。
ウシワカ……とは?
練習合間のお兄ちゃん達の話を聞いて、そういえば家でそんな話よくしてたよなって考えた。
どこかの学校の名前……かな?
大会当日。
流石に一緒のバスで行く訳にもいかないから、仕事に向かうお母さんに乗せてもらい会場へ行った。
着いてすぐに噴水の所に徹くんがいて、後ろにお兄ちゃん達も立っている。
駆け寄って行って少し話して、後で上がってくる国見くんたちを待つために解散した。
体育館の裏に回ってギャラリーに上がれるところを探す。
と、茂みの方でカサカサと音がした。
「にゃぁ……」
白色の毛並みに黒斑がある子猫が1匹、掠れた声を出して頭を出した。
周りを見ても親猫は見当たらなくて、しかも人懐っこくてスリ寄ってきた。
「ゴロゴロ……」
頭を私の膝に押し付けて喉を鳴らした。
うち猫飼えないんだよなぁ……お父さんアレルギーだし。
近くにいるはずの親猫を捜索しようと、一旦その場から離れた。
体育館の周りを一周して、それらしき猫は見当たらず。
元の場所に帰ることにした。
「にー」
猫ちゃんの声がして、小走りでそこへ向かうと1人の男の子が猫を抱っこして持ち上げていた。
……いじめてるの?
私が声をかけると彼は勢いよくこちらを向き、それと同時に子猫の姿がちゃんと見えた。
……嫌がってはなさそう?
首を傾げて子猫を差し出してきて、確かに優しく扱っていることが分かった。
背が高くて、ガタイもしっかりしている。
多分選手なんだろうけど、先輩……だよね?
失礼な事しちゃった。
低い声に、やっぱり怒ってるんだと身震いした。
頭を下げたままキュッと拳を握った私を見下ろし、ふぅ とため息をついた。
……やっぱり相当怒ってる。
お兄ちゃんもいないし……どうしよう、許してくれなかったら私……。
恐る恐る顔を上げると、彼はその大人っぽい顔を崩す事なく単調に述べた。
……あれ?
なんか、本当に悪い人じゃなさそう。
再度深々と頭を下げると、少ししてからプニっと頬に柔らかい感触が伝わった。
「にゃー」
子猫の肉球で、それは彼が猫の手を取って押し付けたものだった。
「にゃあ」
と、茂みから親猫らしき猫が現れ、気がついた子猫はこれの腕の中から飛び出て帰っていった。
お母さん見つかった……良かったぁぁ。
小さく手を振ると、子猫は一瞬振り返ってその硝子玉のような目で私を見つめ、茂みへ潜っていった。
……って、2人きりになると余計に気まずい。
目があって、その威圧感からつい下を向いてしまった。
クイッ
すると、彼はその大きながっしりとした手を私の方へ伸ばし、指を軽く顎に当てがって無理やり上を向かせた。
高い位置から少し屈んで見下ろされて、やっぱりそれが怖くて後ずさった。
私からスッと手を離し、やっぱり表情を変えずに言う。
突然のとんでも発言に変な声が出てしまい、飛び跳ねた私を見て彼は驚くべきことにその固い表情をフッと緩めた。
高学年って……こんな感じなの?皆。
つい前まで小学生だった私にはついていけない……。
と、奥の方から誰かの声が聞こえて、彼はその方を向いて軽く手を上げた。
"牛島"……?
何事も無かったかのように踵を返すので、何か声をかけようとしたけど何も思い付かず、そのまま見送った。
大きな背中には、"白鳥沢学園中等部"と刺繍されていて。
……どっかで聞いたことある学校だな。
……牛島さん、かぁ。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。