第5話

忘れ物
23
2022/09/24 08:00
白菊 天音
白菊 天音
···よし、じゃあ開けるよ
学校の部室にて。
三色のタイムカプセルが机に並べられ、その周りを私たちが囲んでいた。
白菊 天音
白菊 天音
せーのっ
そう合図してみんなで一斉にタイムカプセルの蓋を開けた。

蓋にかかっていた砂がぱらぱらと落ちる。
一宮 尋葉
一宮 尋葉
中身、同じ···?
白菊 秀
白菊 秀
いや、よく見ろ。若干違うぞ
蘇芳 岬
蘇芳 岬
ほんとだ。青と黄色には入ってるのに赤には入ってない物とかあるね
白菊 天音
白菊 天音
えっ、どれ?
蘇芳 岬
蘇芳 岬
これ。天音が自分へ宛てた手紙
白菊 天音
白菊 天音
本当だ···赤いタイムカプセルにだけ私の手紙が入ってない
一宮 尋葉
一宮 尋葉
それに、赤いタイムカプセルだけ外側泥だらけ砂だらけで中身もぐしゃぐしゃじゃない?
白菊 秀
白菊 秀
青色が一番きれいだな。さっき取り出したばっかで洗ってないってのに···
蘇芳 岬
蘇芳 岬
黄色はいかにも普通、って感じ。手紙の内容とかはどう?
私はそう聞かれて、手元にある自身の手紙に目を落とす。

そこにはただ、毎日が楽しくて幸せで、未来の自分もそうであってほしいということだけが綴られていた。

青いタイムカプセルにあった手紙と黄色いタイムカプセルにあった手紙の内容は全て同じ。
恐ろしいことに、筆跡でさえ一致している。
白菊 天音
白菊 天音
同じ。筆跡も全部
一宮 尋葉
一宮 尋葉
私も同じ···というより、違う点が見当たらない、の方が正しいかな
白菊 秀
白菊 秀
···ここまで同じだと怖いより凄いが勝る
蘇芳 岬
蘇芳 岬
一緒に入ってる写真も全て同じだね。これで全部?
白菊 天音
白菊 天音
うん。タイムカプセルに入れたのは手紙と写真だけだよ。···その記憶を信じて良いなら
白菊 秀
白菊 秀
そこなんだよな···でっかい問題
一宮 尋葉
一宮 尋葉
まぁ今のところ記憶はないだけで、塗り替えられた!みたいな感じではなさそうだからその考えはとりあえず置いておこう
白菊 秀
白菊 秀
···そうだな。考え始めたらキリがねぇし
蘇芳 岬
蘇芳 岬
じゃあ一度、状況を纏めてみよっか
岬はそう言ってカバンからノートとシャーペンを取り出し、文字を書き始めた。
蘇芳 岬
蘇芳 岬
まず、赤いタイムカプセルから
ノートに、綺麗な字で「赤いタイムカプセル」という項目が書かれる。
一宮 尋葉
一宮 尋葉
赤いタイムカプセルは、天音の病室の棚の上に置いてあったところを私と天音が発見。恐らく昨日にはまだなかった
一宮 尋葉
一宮 尋葉
箱は泥と土まみれ。砂もかかってる。凹んでるところもあって、三つのタイムカプセルの中では一番ボロボロの状態だね
一宮 尋葉
一宮 尋葉
中身の手紙や写真はぐしゃぐしゃで、全体的に土で汚れている。天音の手紙が入っていないのが一番の相違点
そして、段落を変える。
蘇芳 岬
蘇芳 岬
次、青いタイムカプセル
白菊 天音
白菊 天音
青いタイムカプセルは私と尋葉が桜の木の下から掘り返して発見
白菊 天音
白菊 天音
他のと違ってすごくきれいで、少し前まで土の中にあったのが不思議なくらい傷や汚れがない
白菊 天音
白菊 天音
中身もきれいなまま。私の手紙も入っていて、記憶と変わりない感じ
筆が止まり、シャーペンの芯を出す。
そしてまた、段落を変える。
蘇芳 岬
蘇芳 岬
最後、黄色いタイムカプセル
白菊 秀
白菊 秀
黄色いタイムカプセルは俺が自分の部屋の机に置かれていたのを発見。昨日には絶対になかった。両親にも覚えなし
白菊 秀
白菊 秀
外見はいたって普通。土はついてるけどまぁこんなもんだろ、って感じ
白菊 秀
白菊 秀
中身はきれい。青いタイムカプセルと変わりは無い
そして、シャーペンの芯が削れる音が止まる。
岬がシャーペンを机に置いて、私たちを見上げた。
蘇芳 岬
蘇芳 岬
···他に、何かある?
白菊 秀
白菊 秀
···いや、ないな
白菊 天音
白菊 天音
私も、自分の一部の記憶がないことしか···
蘇芳 岬
蘇芳 岬
尋葉は?
一宮 尋葉
一宮 尋葉
私もないよ
尋葉がそう返事をすれば、岬はそう、と相槌を打ってからさっき言ったことを纏めたノートのページを丁寧に破って私に差し出した。
白菊 天音
白菊 天音
え···これ、私が持ってていいの?
蘇芳 岬
蘇芳 岬
うん。天音が持ってて
岬はそう言って私の手を握り、てのひらにそっとノートの1ページを置いた。

···あれ?
白菊 天音
白菊 天音
岬、泣いてる?
蘇芳 岬
蘇芳 岬
···ぇ
白菊 秀
白菊 秀
ん?岬泣いてんの?
蘇芳 岬
蘇芳 岬
い、いや···
一宮 尋葉
一宮 尋葉
でも涙出てないね
白菊 天音
白菊 天音
···大丈夫?なにかあった?それとも何か気づいた?
蘇芳 岬
蘇芳 岬
だっ、大丈夫だから!何もない!ちょっと寝不足だからぼーっとしてて···
白菊 天音
白菊 天音
そう?ならいいけど···
私がそう言うと、岬は慌てて「この後用事あるから帰るね!バイバイ!」と部室を出ていった。
白菊 秀
白菊 秀
どうしたんだ?アイツ
一宮 尋葉
一宮 尋葉
さぁ···。まぁ岬は大丈夫って言ってたから今はあまり気にしないでおこう
白菊 天音
白菊 天音
そう、だね

そうして、今日はこの場で解散した。


二人は特に気にしていないようだったけど、私には少しだけ心にしこりが残っている。

岬のあの今にも泣きそうな顔を、私はどこかで見た覚えがあるのだ。

どこで見たかは分からない。忘れてしまった。
でも確かに、“忘れてしまった大事な記憶”の中にあったような気がする。


思い出したい。けれど、思い出せない。



────あったはずの何かがないだけでこんなにも息苦しくなる。

私は今日初めて、それを知った。

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