第8話

8:神様なんて居ない。
64
2022/03/09 09:00
その日は、突然やって来た。

その日も、俺は陽葵の見舞いに病院へ行っていて、暫く談笑していた。

1時間がすぎたあたりだろうか。

にわかにざわざわとした空気が廊下に流れているのを感じた。
星奈 陽葵《ホシナ ヒマリ》
なんか、騒がしいね。
何かあったのかな?
榛名 蓮《ハルナ レン》
いや、分からない。
……見に行く?
星奈 陽葵《ホシナ ヒマリ》
そうだね。
心配だし。
ベッドから下りる陽葵を待っていた時、廊下を走ってくる足音が聞こえた。

その足音は陽葵の病室の前で立ち止まる。
看護師
あぁ、蓮くん…!
ここにいたの?
早く来てちょうだい!幸子さんが…
聴力が急激に失われていくのが分かった。

頭も真っ白になる。
何があったのかは分からないけど嫌な予感がする。
星奈 陽葵《ホシナ ヒマリ》
蓮くん…?
榛名 蓮《ハルナ レン》
大丈夫…。
陽葵、行こう。
小走りになって駆け出す。

陽葵は俺の少し後ろをぎこちなく走って追いかけてきた。

榛名 蓮《ハルナ レン》
ばあちゃん!
看護師
蓮くん、家族の方に連絡出来る?
幸子さん…危篤なの。
榛名 蓮《ハルナ レン》
危篤……
おかしいだろ、ばあちゃんの癌ステージⅠだって…
看護師
ステージⅠの5年生存率は80〜90%なの。
必ずしも生きられるとは限らないのよ。
星奈 陽葵《ホシナ ヒマリ》
幸子さん…幸子さん!
 少し遅れて病室についた陽葵が俺の脇をすり抜けてばあちゃんに縋り付く。

ばあちゃんの目は固く閉じていて、もう死んでしまっているように見えた。

でも、微かに上下する身体がそれを否定している。

俺は真っ白になった頭を無理やり動かして母さんに電話をかけた。
母親
もしもし?
蓮、どうしたの?
榛名 蓮《ハルナ レン》
今すぐ病院…来れる?
母親
どうして?
……ねえ、蓮、ちゃんと説明して…!
分かってる。
分かってるけど口が動かない。

しばらく無言で母さんの声を聞いていると、後ろから手が伸びてきた。
星奈 陽葵《ホシナ ヒマリ》
初めまして。
私、蓮くんの友達です。
幸子さんとも仲良くさせて頂いてます。
実は、幸子さんが危篤なんです。
急いで来ていただけますか?

電話の向こうの母さんが息を呑んだのが分かった。
それから慌てた声で陽葵にお礼を言って、電話が切れる。

星奈 陽葵《ホシナ ヒマリ》
ごめんね、勝手に電話取っちゃって。
榛名 蓮《ハルナ レン》
いや、助かった。
ありがとう。
弱々しい言葉が口から漏れる。

陽葵は何も言わずに隣に腰を下ろした。



暫く、2人とも口を開かなかった。

ばあちゃんの病室では変わらず何人かの医師と看護師がよく分からない道具を使ってばあちゃんの命を繋ぎ止めている。

「もうすぐばあちゃんが死ぬかもしれない」

頭ではそう冷静に考えているのに体は震えて止まらない。
隣の陽葵もぎゅっと両手を握りしめていた。

その時、バタバタと走ってくる足音と、母さんの声が響いた。


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