その夜。
私は焦凍の手を振り払うようにして、一人、瀬古斗岳へと足を運んでいた。
かつてあの日、青い炎がすべてを焼き尽くした山頂。
ここに狂ったように生い茂る木々の合間に腰を下ろすと、少しだけ息がしやすくなるような気がした。
もう一度、あの人に会えるわけでもないのに、今の私にはこの骸のような場所だけが、唯一の居場所だった。
ふと夜空を見上げる。
星に祈りを捧げようとしたけれど、天を覆う厚い雲のせいで、そこにはただ窮屈で暗い空が広がっているだけだった。
未来を視る私の目にも、この曇天の向こう側は見通せない。
これ以上、罪を重ねて生きる必要もない。
私は立ち上がり、近くを流れる川へとゆっくり足を踏み入れた。
水は刺すように冷たかった。
制服のスカートが水を吸って重くなり、足元がじわじわと不自由になっていく。
それでも歩みを止めず、私は自ら、川の最も深い場所へと体を沈めようとした。
冷たい水が胸のあたりまで満ち、呼吸が苦しくなった、その時だった。
——バシャリ、と激しく水音が弾けた。
突如として、背後から伸びてきた頑丈なひとつの手が、私の腕を乱暴に掴んだ。
抗う隙も与えられないほどの強引な力で、身体を陸側へと引き戻され、無理矢理こちらを向かされる。
視界が揺れ、水飛沫の向こう側に一人の男の姿が浮かび上がった。
全身の皮膚を紫色の肉で継ぎ接ぎにした、おぞましくも退廃的な姿。
私の知る誰の記憶にも該当しない、全く見知らぬ、凶悪なヴィランの男。
それなのに——その顔に不釣り合いなほど澄んだ青い瞳の奥に、ドロドロとした酷い怨嗟の炎を見た瞬間、私の胸がなぜかドクリと跳ね上がった。
男の手が、水濡れで冷え切った私の首へと容赦なくかけられる。
皮膚の焼けたような、鉄の匂いが鼻腔を突いた。
いつもなら、生存本能か義務感か、あるいは自暴自棄な好奇心から、私は自らの命を削ってでも目の前の男の「結末」を視にいっていただろう。
けれど、この男に触れられた瞬間、私の本能が、かつてないほどの恐怖で悲鳴を上げた。
脳裏を過る、あの夜の瀬古斗岳の青い炎。
この男の顔に不釣り合いなほど澄んだ青い瞳を見つめていると、もし今、この男との結末を視てしまったら、私は二度と正気ではいられなくなる——そんな、底の知れない直感が全身を支配する。
見たくない。
怖い。
これ以上、自分の寿命を削ってまで、最悪の確定した未来なんて知りたくない。
私は初めて、自分の個性を起動させることを拒絶した。
ぎゅっと目を瞑り、未来から、運命から、必死に逃げるように思考を遮断する。
私の知る未来のどこにもいない男。
生殺しのまま私を見下ろす男の薄い唇が、愉悦と皮肉の混じった低い声で、静かに言葉を紡ぐ。
なぜ私の名前を知っているのか、その理由も分からないまま、私はただ首にかかる手のひらの熱さに震えている。
結末の視えない真っ暗な闇の中で、私は初めて、自分の意志で選択を迫られていた。
世界から完全に色が消え去ったその場所で。
私は男の冷徹な瞳を見つめ返し、震える唇で、私を壊すかもしれないその地獄の手を取るために、静かに微笑んだ。











編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。