大きな風の音で、楓はゆっくりと顔を上げた。
強い冬風が吹く夜に、杯楓は1人ぽつりとつぶやく。
楓は、食事や睡眠を取らない不思議な体質だが、睡眠を取らないからこそ困ることもある。
その良い例が、現在深夜の3時の暇な時間なのだ。
今流れてる番組と言えば、ちょっと卑猥な番組やグロいアニメぐらいで、楓の心を満たすものなど何ひとつない。
ぽいっとリモコンを床に放りなげると、楓は身体ゆっくり横にさせた。
ああ、まただと、心でそう呟いた。
美しい景色を汚く感じ、優しい人間が酷く恐ろしい人間に感じてしまうようになったのだ。
楓はそんな自分がとても醜く思えて、自然と自分が何なのかわからなくなってしまった。
服の袖で、目元をぐっと覆い隠す。
その瞬間、しばら鳴っていなかったチャイムの音が、部屋中に響き渡った。
『杯さん、いるかな?』
1年ぶりの綺麗な声が、インターホンの画面から聞こえる。
楓は無言で、玄関の鍵をかちゃりと開けた。
すると、鍵が開いたことに気づいた“彼女”はゆっくりとドアノブを回した。
楓が少し鋭い言葉を使うと、“彼女”はただ微笑むだけだった。
楓が彼女に出会ったのは、酷く寒い日のことだった。
じっと水が凍った川を眺めていると、彼女はそう言って楓に話しかけてきた。
だがその時の楓は酷くむしゃくしゃとしていて、らゐむの声などに一切反応しない。
それでも彼女は気にせず、淡々と話してゆく。
あ、話しすぎちゃったと、彼女はにへらと間抜けな笑みを浮かべる。
楓はその姿を見ると、うざったいような嬉しいような何とも言えない感情を感じた。
ぽつり、と楓は刺々しい言葉をらゐむに刺した。
だがその言葉に、彼女は何の反応も見せなかった。
それどころか、楓をじっと見つめると誰に対してかもわからない言葉をただこぼした。
その時の彼女は、少し濁った、でも輝かしい瞳でずっと凍った川を眺めていた。
その姿は雪の妖精のような、冷たい悪魔のような、哀れな人間のような、そんな姿であった。
▷桜瀬 舞花 編
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。