今回の話は前回と同様、地震、津波の表現を含みます。気分を害された方は直ちに閲覧をおやめください。
私にはお兄ちゃんがいた。
お兄ちゃんと私は10歳差、毎日お金稼ぎに行ってたりした。
私が小さい時にはよく買い物に行ったり、お兄ちゃんが休みの日は近所の公園に遊びに行ったりした。
でも小学生になっても中学生になってもいつも帰りは迎えに来てくれた。
歳が離れていて友達から馬鹿にされた時、お兄ちゃんが怒って学校に襲撃に来た時もあった。
私の両親の実家は石川県の能登半島にあり、お盆休みと年末年始は毎年そこに泊まっていた。
もちろん今年もそこに行って、年を越した。
お兄ちゃんと食べるご飯が1番美味しかった。
笑い合い、泣き合い、怒り合ったり。
そんな日常が楽しかった。面白かった。
私は知らなかった。これがお兄ちゃんと越す最後の晩ということを。
その時だった。
「ブーブーブーブー、地震です、地震です。」
ガタガタガタガタガタガタ‥‥
ピ
だが、数時間経ってもお兄ちゃんは帰ってこなかった。
翌日、出動した自衛隊によってわたし達は、、
お兄ちゃんの死体が見つかった事が伝えられた。
言葉が出なかった。言い返せなかった。信じられなかった。
あんなに強かったお兄ちゃんが、死んだ?ありえない。
死ぬはずがない。何で?
私は泣き叫んだ。泣き叫ぶしかできなかった。空や、海を見つめたくなかった。
お兄ちゃんの代わりに私が死ねば良かったんじゃないかと思った。
令和6年1月1日、後に能登半島地震と呼ばれるその地震で、私は兄を失った。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!