第166話

隠し事④
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2019/05/05 07:25


「あはは、わかってるよ。私、そろそろ仕事に戻るね。お見合いの件はすこし考えてみるよ。じゃ」
「ぁ、先輩……」
 杏奈先輩は背中を向けると、行ってしまった。
 ……どんすんのかな。……社長の息子……だもんな。断りにくい、よな……。やっぱり……お見合い、すんのかな。
 俺は肩を落とすと、はぁと大きな息を吐き出した。
 その日、ジムへ行くとユウさんに会った。俺は、普通を装って、声をかけた。
「ユウさん、お疲れさまです」
「あ、浩太。お疲れー」
「今から練習試合っすか?」
「うん。美咲さんと。相手しろってうるさくて……あの人すぐ頭に血がのぼるんだから。こないだちょっとからかっただけなのに」
「そ、そうっすか……」
 ユウさんは最近、毎日のようにここへ来ている。家に帰るよりは、ここにいるほうが気がまぎれる、とユウさんは言っていた。確かに誰も帰ってこない家にいても、虚しいだけかもしれない。
 俺は、ひと通りの自主練メニューをこなしていった。けれど、頭の中は、杏奈先輩のお見合いのことでいっぱいだった。もし、仮にお見合いをして、婚約なんてことになったらユウさんはどうなるのだろう。
 自分の恋人が、ほかの男にとられたら……ユウさんはーー。
 知らない男に笑いかける杏奈先輩。ひとり立ちすくむユウさんのうしろ姿が浮かぶ。悲しげに、それでも、なにもできない。
 杏奈先輩は、ユウさんのことを忘れたまま、新しい人生をーーユウさんと別々の道をーー。


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