「あはは、わかってるよ。私、そろそろ仕事に戻るね。お見合いの件はすこし考えてみるよ。じゃ」
「ぁ、先輩……」
杏奈先輩は背中を向けると、行ってしまった。
……どんすんのかな。……社長の息子……だもんな。断りにくい、よな……。やっぱり……お見合い、すんのかな。
俺は肩を落とすと、はぁと大きな息を吐き出した。
その日、ジムへ行くとユウさんに会った。俺は、普通を装って、声をかけた。
「ユウさん、お疲れさまです」
「あ、浩太。お疲れー」
「今から練習試合っすか?」
「うん。美咲さんと。相手しろってうるさくて……あの人すぐ頭に血がのぼるんだから。こないだちょっとからかっただけなのに」
「そ、そうっすか……」
ユウさんは最近、毎日のようにここへ来ている。家に帰るよりは、ここにいるほうが気がまぎれる、とユウさんは言っていた。確かに誰も帰ってこない家にいても、虚しいだけかもしれない。
俺は、ひと通りの自主練メニューをこなしていった。けれど、頭の中は、杏奈先輩のお見合いのことでいっぱいだった。もし、仮にお見合いをして、婚約なんてことになったらユウさんはどうなるのだろう。
自分の恋人が、ほかの男にとられたら……ユウさんはーー。
知らない男に笑いかける杏奈先輩。ひとり立ちすくむユウさんのうしろ姿が浮かぶ。悲しげに、それでも、なにもできない。
杏奈先輩は、ユウさんのことを忘れたまま、新しい人生をーーユウさんと別々の道をーー。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。