北斗side
その日は、あなたの下の名前が店に入ってきた瞬間に分かった。
何かが、違う。
声はいつも通りに出たはずなのに、
あなたの下の名前は一瞬だけ、こちらを見てから
少しだけ微笑んだ。
——前から、こんな顔をしていただろうか。
席は、いつもの窓際。
鞄を置く動作も、コートを整える仕草も、変わらない。
それでも、空気がやわらかい。
短いやり取り。
でも、その「はい」が、妙に穏やかに響いた。
コーヒーを淹れながら、考える。
最近、あなたの下の名前は
この店を「利用している」感じがしない。
来る理由が、
コーヒーだけじゃなくなっている気がする。
——それは、俺も同じだった。
カップを置くと、
あなたの下の名前は少しだけ視線を上げて言った。
その言葉に、胸の奥が静かに動く。
無意識に、本音が混じった。
あなたの下の名前は一瞬驚いたように目を瞬かせて、
それから小さく頷いた。
その返事が、
なぜか“確認”みたいに聞こえて。
ああ、と理解する。
この人はもう、
ここを一時的な場所だと思っていない。
そしてきっと、
俺の存在も。
カウンター越しに見る横顔は、
静かで、落ち着いていて、
それでも確かに、こちらを信頼している。
——守りたい。
そう思った瞬間、
答えはもう出ていた。
客と店員。
簡単に越えられない線。
それでも、
この先も一緒に時間を重ねる未来を、
自然に想像している自分がいる。
それが何よりの証拠だった。
あなたの下の名前が帰り際に、
いつもより少しだけ立ち止まる。
ドアが閉まったあと、
胸の奥に残った感覚は、
迷いじゃなかった。
——同じ音で、歩いていける。
そう、確信しただけだった。












編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。