街の表通りを歩きながら、耳を澄ませる。
こうしてひとりで自由に街を歩けるのはいつぶりだろうかと思えば、なにやら感慨深いものすら感じた。
ときおり、子供だけで遊ぶ集団を見つけては視線を送る。
それだけで子供たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
──数百年つづく大戦のなかで、たびたび西諸国では子供が姿を消した。
その子供が、軍に誘拐され、戦場に放り込まれているのだと噂が流れるようになったのはいつからか。
逃げ出した子供がいたのか、それとも誘拐現場を目撃した人がいたのかは知らないけれど。
火のないところに煙は立たない、その言葉の通り、まことしやかに囁かれるその噂は、真実である。
僕もそうやって入軍させられた子供のひとりであって。
けれど、もっとも戦争が苛烈に行われていた頃に引き抜かれた子供は、その大半が訓練や戦場でその命を散らした。
数百人単位で拐かされたというのに、僕と同年代かつ軍内で生き残っているのはスタンリーだけである。
その他はみな、命を落とした。
その噂が流れ、そして形だけでも停戦となってから、軍は表立って子を攫うような真似をしなくなった。
それでも、ひとりで夜中に外を出歩けば、一発でアウトだ。
これ以上兵力を増やす必要もないというのに、いたずらに子供を地獄へ引き込むような真似をされていることが許せなくて、僕はこうして外に出るとたびたび睨みをきかせている。
「軍人さんに目をつけられたかもしれない」と思ってくれさえすれば、その子供は用心することだろうから。
歩くたびに、腰で揺れる刀と銃の音が耳につく。
顔を横に向ければ、嫌でも左腕に付けた腕章が目に入った。
西諸国のシンボルマークと共に、中将であることを示す銀色の線が二本。
これが子供たちへの牽制になるのは良いが、あまり怖がられすぎると、こう……
僕だってまだ成人していないというのに。
せめて怖がられるのは大人になってからが良い。
そんなことをうだうだ考えていても仕方がないので、僕は表通りから裏路地へと入り込んだ。
この国の地図は、すべて頭に入っている。
入り組んだ裏路地だろうが、それは例外ではない。
戦時中よりは治安が改善された裏路地は、数年前のようにそこらに死体が転がっているようなことがなくて安心した。
無機質なコンクリートの壁で囲まれた狭い道を進み、目的の場所へと向かう。
──暫く歩いて辿り着いたのは、古びた時計塔だった。
時計塔の上部には、かつて時計があったであろう痕跡だけが残されており、時計塔としてはなにも機能していない。
それでも、この国では背の高さで上位に食い込む建造物でもあったことから、軍では偵察や狙撃のためによく利用していた。
時計塔の裏手にある錆びた鉄扉を開き、螺旋階段を登って最上階へ。
最上階へ出ると、そこは壁が大きく取り払われており、外の風が直接吹き込んでくる。
軍帽を飛ばされないように抑えながら、僕はそこで目を閉じた。
ここから見る景色は綺麗だが、今はそのために来たわけではない。
耳を澄ませて、国中の出来事を把握しまいとする。
目的の彼女は、暴力団からも狙われていると任務書には書いてあった。
知らない少女の声を探すよりも、争いの音を見つけるほうが、遥かに簡単だ。
西から微かに戦闘音らしきものが聞こえたが、それは暴力団というにはあまりにも小規模なものであったため、違うと見切りをつける。
そして、東からは、複数人での戦闘音。
それから、ときおりそこに挟まれる、浅く高い呼吸音。
それが女のものであると、判断する。
目を開けて身を乗り出し、音のした方角を見た。
戦っている場所はどこかと、目を凝らす。
ストリートチルドレンの溜まり場となっている空き地──違う。
軍に内緒での武器を流通させる業者が根城にする、中華料理屋だった場所──違う。
表通りからほど近い、戦争で崩された橋がある付近──違う。
つい、と動かした目線が、とある場所で止まった。
鉄でつくられた十字架を、空高くかかげる教会。
白塗りの壁はくすみ、ステンドグラスはところどころ割れている。
二年ほど前までは教会として動いていたはずだが、たしか代替わりした司祭が信者に無茶な献金を求め、潰れたとか。
つまり、今はもう使われていない場所だ。
場所さえ分かれば、あとは向かうだけだ。
時計塔のいちばん上から地上を見下ろして、思わず驚きが口に出た。
驚いたところで、やることは変わらないが。
左手で軍帽を押さえながら、時計塔から飛び降りる。
重心がブレて逆さまにならないようにだけ気をつけて、時計塔の外壁に伸びる鉄パイプを右手で掴んで滑り降りた。
地上二メートルといったところで手を離し、壁を蹴って草むらに着地。
乱れた軍服の裾を整えて、僕は教会に向けて駆け出した。
長らく人の手が入っていない教会の付近は、鬱蒼としていた。
腰のあたりまで伸びた草を掻き分けながら進む。
頭上にはせり出した木々の葉があり、空の色は見えない。
未だに聞こえ続ける戦闘音に警戒しながら、僕は教会に近付いた。
長方形の教会は、正面と左右にひとつずつ、計3つの出入り口があるらしい。
足音を立てないように細心の注意を払いながら右側の入口に近づいて、そうっとなかを覗きこんだ。
右手が、刀の柄に触れる。
途端に鼻腔の奥を刺した濃い血の香りに、思わず眉を寄せる。
教会には大きなステンドグラスがあったが、周囲の木々に光は遮られ、昼間だというのに暗闇に包まれている。
そのなかから聞こえる、命が削られる音。
目を閉じて視界に頼らず、なかの様子を窺った。
──倒れている人が5人、立っているのが4人。
内ひとりは、小柄な少女。
他3人は、体格からして男だろう。
ひとりがナイフを突き出し、空気を鋭く裂く音がした。
それを避けた少女が姿勢を低くし、右手に持っていた武器を深々と男の腹に刺す。
血が噴き出し、倒れ伏す音。
武器を引き抜いた少女が、軽く振って血飛沫を飛ばす。
続いて、もうひとりがその無防備な背中に斬り掛かった。
それを左手の武器で受け止めた少女が、右手の武器を回す。
回転した武器が男の手首を切り落とし、悲鳴を上げた喉に突き刺さる。
そのとき、向こうから聞こえた小さな舌打ちに、僕は顔をあげた。
確かに聞こえたそれは、しかし教会の中からではない。
僕がいる入口の反対側、戦場を挟んで向こうに、誰かがいる。
西諸国の軍員ではない。
草の擦れる音、風が吹き付ける音からして、たったひとりでそこにいる。
今、この時間帯に単独で行動が許されているのは僕だけであり、その他の軍員は訓練中。
迷い込んだ一般市民ならば舌打ちしながら観戦なんて真似はしないだろうし、それなら。
銃や投擲武器を構える音はしない。
今すぐに少女の命を狙っているわけではない。
それでも、僕にとって好意的な相手ではないだろうことだけは確かだ。
──パァン、と乾いた破裂音に、ハッとして目の前に意識を引き戻す。
少女から離れた位置にいた残りのひとりが、少女に向けて発砲したらしい。
幸いにも銃弾は少女を掠めもしなかった。
少女が最後のひとりに体を向け、一度右手を引いて、大きく振ると同時に手を離す。
ひゅッ、と鋭く風を切る音と、暗闇で反射して一瞬、輝く銀色の刃が見えた。
投擲された武器は、寸分違わずに腰を抜かしていた男の首を落とす。
その後、空中でカーブしてブーメランのように戻ってきた武器を危なげなくキャッチした少女は、積み上がった亡骸のうえに腰掛けた。
物憂げな溜息のあとに、少女はそう苦言を呈す。
向こう側にいるアンノウンは、中の戦闘が終わったからか、動く気配があった。
彼女が書類にあった少女からわからないが、とりあえずその身柄を確保して──と僕も動こうとしたとき。
少女の背後で、音もなく立ち上がる影があった。
左肩から先がなく、ぼたぼたと重たい血が落ちる音がする。
まさか、最後に一矢報いようとでもしているのか。
少女は、それに気が付いていない。
男がナイフの切っ先を向け、少女に駆け出したと同時。
僕もその場を飛び出し、彼女に手を伸ばす。
──そして、向こう側からも、誰かが駆けてくるのが見えた。

▷西園寺 羽京
▷Age 18
▷西諸国統一軍中将および
東国対抗軍筆頭
第二中隊隊長
▷幼少期に軍員として引き抜かれ
訓練兵→陸兵→潜水艦属員を
経験し、今に至る。
九年前の〝とある出来事〟以降、
表では国に忠誠を誓いつつも
深く身を置くことは避けていた。












編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。