彼女の元へ向かう途中、腰から抜いた銃の撃鉄を起こす。
右手の人差し指が、引き金を引いた。
──パァン、と肩に来る重い反動に対して、随分と軽い音。
ナイフを振り上げていた男が、額に鉛玉を受けて頭を仰け反らせた。
そのまま後ろに倒れ込み、動かなくなる。
それと同時、左手で少女の手を取った。
もう片方の手は、向こうから飛び出してきた人影がつかんでいる。
「見つけた」と言葉が重なった。
教会の外で、強風が吹いた。
木々がざわめいて、雲が動く。
ステンドグラスから光が差し込み、彼女の半身に振り注ぐ。
光が出来て、僕が立つ側の暗闇が、いっそう深まった。
──深い、深い海のような、青い髪。
自分のことすらも忘れられる、焦がれた深海の色が、そこにはあった。
青い髪を両サイドで団子にして、大きなリボンでまとめている。
その下から伸びた髪が、外から吹き込んだ風でふわりと揺れた。
それに目を閉じた少女は、きょとんとあどけない表情で、掴まれた両手を見て、左を見て、そして、僕を見る。
蜂蜜を溶かしたような色の瞳が、猫のようにきゅうっと細められた。
薄い桜色の唇が、弧を描く。
少女の風貌には似つかない、大人びた笑み。
思わずそれに、見惚れていた。
「はじめまして」と鈴を転がしたような声が、鼓膜を震わせる。
秘琴、あなた。
書類上で無機質な文字列としてだけ認識していた存在が、目の前で今、息をしている。
ハッ、とその言葉に我に返った。
目線を上げれば、同じく顔をあげた相手──青年と、目線が絡む。
軍帽の下から覗くのは、毛先にかけて緑のグラデーションがかかった白髪。
熾火のような瞳が僕を見て、そして鋭くなる。
その手が腰に向かうのを見て、僕は即座に少女──あなたの手を離した。
銃をホルスターにしまい、刀に手をかける。
抜刀と同時に横に薙げば、すんでのところで青年は身を屈めてそれを避けた。
青年もあなたの手を離し、後ろに飛び退く。
不敵な笑みを浮かべて煽るように発せられた言葉に反して、その鼓動は跳ねていた。
僕は彼の腰に目線を滑らせる。
腰袋とナイフ、銃の所持はなし。
黒いコートに革手袋、軍帽は見たことがないデザイン。
質はどれも粗末なものではないが、服の上から見える体格的に、鍛えられた軍人ではない。
懸賞金かなにかにつられた業者かとも思ったが、どうもそのイメージではなかった。
軍人ではないのなら、わざわざ殺すつもりもない。
適度に無力化して、彼女を連れ去る。
そう判断して、刀の峰を構えた。
鉄の、重たい音。
あなたは亡骸のうえに腰掛けたまま、事の成り行きを見守っている。
細められた目は、品定めをするかのようだった。
その様子に、逃げるつもりはないだろうと踏んで、僕は青年に向かって駆け出す。
首に峰を打ち込んで終わりにしようと振り抜いた一撃は、しかし青年が抜いたナイフで阻まれる。
数秒間、力と力が拮抗したが、刀を滑らせれば、ナイフに力を込めていた青年はバランスを崩す。
その胸を蹴り飛ばせば、思ったよりも軽かった体が床を滑り、亡骸にぶつかって止まる。
一瞬息を止めた青年は、苦しげに咳き込んで体を丸めた。
体勢を立て直す前に畳み掛けようとしたが、それよりも早く青年は腰袋から取り出した球体を床に投げつける。
血で濡れた床の上を跳ねて眼前にやってきたそれを刀で打ち飛ばそうと峰が触れた瞬間、白いガスが噴き出した。
反射的に目を閉じ鼻を腕で覆って、一歩後ずさる。
「あらぁ」と後ろで緊張感のない声が聞こえて、あなたのところまでガスは届いていないことを知った。
頭のすぐそばで、風を切る鋭い音。
目を閉じたままナイフの起動を読んで背を反らせ、床に手をつく。
両手で体を支え足を持ち上げ、逆立ちの状態となる。
動かした足を、ナイフを持った青年の右腕に絡めて締めた。
関節を曲げられる痛みにナイフを取り落とす音。
そのまま周囲のガスを振り払うように、青年の腕に絡めたままの足を大きく振って、青年を倒す反動で起き上がる。
その手が再びなにかを投げる前に彼の意識を飛ばしてしまおうと、その首に左手をかけた。
焦りからか冷や汗を額に浮かべ、見開いた目には僕の冷たい表情が映り込んでいる。
首にかけた手に、力を込めたとき──ひゅッ、と間近で風を切る音がした。
狂いなく僕の首に向かってきていたそれを後ろに倒れ込むようにして避け、青年から離れて体勢を立て直す。
見れば、僕の首があったところを通り過ぎた刃は、ブーメランのように空中で軌道を変えて戻っていった。
それを目で追えば、戻ってきた刃をキャッチしたあなたがこてんと首を傾げた。
緩くS字にカーブした刃を両手に持った姿と、そんなあどけない表情がミスマッチで、僕は刀の柄を強く握る。
またも僕と彼の言葉が重なった。
床に倒れたままの彼と、目線を交わす。
心底不思議そうに首を傾げた彼女に、僕は奥歯を噛み締めた。
表情には出さず、こんなにも幼い少女がそれを日常としていることに嫌悪感を抱える。
その姿に見合わない武器を持つことも、己の身を守るために研鑽された力を持つことも。
どれも、僕が望むものではなかった。
──彼も、殺すつもりではない?
にわかには信じがたい、が。
しかし、殺すことだけが目的なら、僕を迎撃せずとも彼女を狙えばよかった話だ。
そうなったとして、彼の刃が彼女に届くのと、僕の刀が彼の手首を切り落とすのだったら、僕のほうが速いんだろうけど。
一応、行動と言動の辻褄は合う。
ツンとまなじりが吊り上がった猫目が僕と彼を交互に見て、愉しげに細められた。
武器を収め、あなたが微笑む。
小さな手がするりと顎に触れ、考えるように首を傾げれば、華奢な肩をさらりと髪が撫でて落ちた。
デコルテを見せるワンピースも、大きく広がった袖も、動きにくそうな編み上げブーツも、どれも戦場には適していない。
髪を結ぶ白いリボンも、ワンピースの白色も、血を被れば汚れは目立つ。
それでも不思議と、彼女は汚れていなかった。
全身を黒でまとめた僕たちとは、まるで対照的な姿だ。
立ち上がった千空が、考え込んでいるあなたになにかを言いかけた。
僕はそれを遮り、手のひらを向ける。
訝しげな目線が僕を見て、仕方がないから納刀して見せれば、ほんのわずかに肩の力が抜けたのが見えた。
──僕の耳が捉えた、複数の足音。
とんとん、と耳を叩いて見せれば、千空は喉を震わせるようにして笑う。
随分と、余裕がありそうな態度だ。
さっきの様子からしても、荒事には向いていないだろうに。
意地悪を言ってみれば、千空は片眉を上げて小さく笑った。
いざとなれば守るつもりではあるが、こちらとしても千空の目的がわからない。
千空があなたを殺すつもりではないとわかったのだし──だからと言って、協力するつもりもないけれど。
それは確かにご尤も。
小さく肩を竦め、これからここにやってくる者たちを沈静化するための動きを考える。
僕の持つリボルバーは装弾数5発。
さっき撃った1発を差し引いて、残りが4発。
4人、という人数ではなさそうだから、その後は刀で応戦するか、もしくは先に弾を装填するか──
ようやく立ち上がったあなたが、スカートをはたいて僕たちを見た。
悪戯をする子供のようににんまりと笑って、頬がほんのりと赤く色づいている。
あなたは千空の手を取り、次に僕の手を取る。
奇しくも、始まりとは逆だ。
そこまで強い力ではなかったものの、そのままぐいぐいと手を引かれ、一度千空と顔を見合わせてから歩き出す。
僕の手を握る小さな手を、痛くないように優しく握り返した。
Another side (subaruさま↴)
こちらのお話の「千空視点」となっております!
どちらの視点も異なる良さがあるので、ぜひ両方
読んで楽しんでいただければと思います。
miоriが書くのとはまた別の繊細で綺麗な
お話をぜひお楽しみください!












編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!