第26話

最終話:敬具
57
2026/07/04 11:00 更新
独房に戻って、しばらく経った。
壁も、床も、音も、いつもと同じだ。
変わったのは、私の持ち物が増えたことだけ。

座り込んで小窓を見上げれば、鬱陶しいほどの青空が覗いていた。

圧紘さん、スピナーくんは生きてる。

その情報を反芻して、弔くんとトガちゃん、荼毘くんの死を感じた。

そっかぁ……みんな、好きだったんだけどなぁ。

そんなことを思って、ノートを開く。

最後に書いたページには、連合での日常が記されていた。
なんでもない日のことから、面白かったこと、苦しかったことまで、全部。

検査されたってことは、これも全部見られたのかなぁ。
まぁ、返ってきたから良いのだけれど。

一ページずつ、時間をかけて遡っていくたびに、みんなとの会話を思い出す。
中でも、圧紘さんとの記憶は鮮明だった。
私に綺麗なものを教えてくれた、一番大事なものをくれた、おもしろくて、大切な人。
真面目なことの話から、軽口を言い合うようなちょっとした会話、日常的に見せてくれるタネのわからないマジックまで、全部を覚えている。

ノートの一番古いページは、私が逃亡生活を始めた日のこと。

少し震えた字で、紙に血が滲んでいる。
今も左手に残る火傷跡の、血液。
あれは……痛かった。

拝啓
背骨のない正義へ

あなたの“背骨”は、どんなものですか?

そんな言葉が、書いてある。
逃げながら、ずっとずっと、問い続けていたもの。

答えは、誰も持っていなかった。
誰も知らなかった。
答えられなかった。
背骨のない正義なんてものは、多くの違った意思で積み上げられたものだったから。

意思を持つものはいても、その集合の背骨を知る者は、誰一人としていなかった。

当然の結果である。
もとより、わかりきっていた。

それでも、私は答えが知りたかった。
知らないまま、その背骨のない正義に縛られることに、裁かれることに、心底嫌悪感を感じていた。
否、今も感じ続けている。

だから、問うた。
そして今も、同じように。

あなたの“背骨”は、どんなものですか。

そう書いた文字を指でなぞりながら、考える。

この手紙に続きを書こうと思い立って、鉛筆を手に取る。
久しぶりに握ったそれは、やけに重たい。

でも、新しいページに文字を記す手は、やたらと滑らかだ。
あなた
『やっぱり、あなたに背骨はなかった』
——敬具

プリ小説オーディオドラマ