第13話

ずっと言えなかった言葉_#13
1,004
2020/05/23 04:23 更新
俺は、なに?
なんのために生まれてきたの?
母親のストレス発散のため?
それとも、ただの道具?
あっそうか。
俺なんて生まれなかったらよかったのか。
毎日痛くて怖い。
仕事帰りの母親は、鬼だ。
帰ってくるなり叫び声に近いものを発し、
家のものをボールの如く投げまくる。
かと思えば般若のように笑い、俺を殴る。
蹴る。
絞める。
逃げたい。
何度思ったことだろう。
でも俺には逃げることは出来ない。
俺がいなくなったら、きっと母親は壊れる。
だから逃げても逃げても、結局は家に戻ってきてしまう。
俺のお母さんはこの人だけだから。
お母さんが、
好きだから。
そんなときに出会ったのが瑠唯だった。
与那嶺瑠唯
この世に生きている価値のない人間なんていないから。
君は、生きてていいんだよ。
そう言って瑠唯は、俺を抱きしめてくれた。
優しく、尚且つ力強く俺を抱きしめた。
その温かさに、俺の目から自然と涙が零れた。
人ってこんなに温かいんだ。
何度か瑠唯に会って、
俺はずっとこの人といたい、そう思うようになった。
でも、その度に頭をよぎるのはお母さんの顔。
般若のような、あの笑顔。
だから瑠唯に言えなかった。
「助けて。」って。
言ったらお母さんはどうなるんだろう?
俺と離れ離れにさせられたら、
死んじゃうんじゃないだろうか。
そんなことを考えて言えなかった。
瑠唯の家に行ったあと、
家に帰るとお母さんはいつもこう言った。
「あなたは私のもの。私以外と関わらないでね。」
俺は頷くことしか出来なかった。
お母さんに瑠唯と関わっていることを知られたら、
俺はきっと殺されると思う。
いや、殺される寸前まで苦しめられるのかも。
お母さんにとっての俺は、ただの玩具でしかない。
俺を殴るとき、いつもお母さんは泣いていた。
「なんで、なんで私だけ…」
その涙が、また俺をお母さんに執着させた。
お母さんのためなら俺はなんでもやった。
そしたら前のお母さんが戻ってくる気がして。
あの頃の、優しいお母さんが微笑んでくれる気がして。
お母さんの前では絶対に泣きたくない。
だって苦しいのは、俺よりもお母さんでしょ。
俺を殴れば、叩けば、踏めば、苦しさが紛れるのなら、
それならそうしてていいから。
ある日お母さんが珍しく俺を散歩へと誘った。
仕事が休みで暇だったから。
たしか、そんな理由だった。
久しぶりの太陽の光が、俺の体をさした。
「いいな。」
そう呟いた俺の声をお母さんは聞き逃さなかった。
「なに?他の家族のほうがいいわけ?」
そんなことを思ったわけではないのだが、
お母さんの逆鱗に触れたことは間違いない。
せっかくお母さんが誘ってくれたのに、
文句を言った俺が悪い。
俺は人気の少ない場所に連れていかれ、
お母さんを般若に変えてしまった。
たまに通る人達が、俺に冷たい目線をむけ、
そのまま、関わるまいと早足で去っていく。
苦しい。
怖い。
痛い。
もうダメだ。
そんなときに聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「あの、何やってるんですか。」
瑠唯だった。
綺麗な紫色の髪を揺らしながら走ってきたのは、
あの日、俺の存在を認めてくれた俺の大好きな人だった。
お母さんの前では泣きたくなかったのに、
瑠唯の声を聞いたら、なぜだか涙が止まらない。
与那嶺瑠唯
虐待ですよ。
瑠唯は般若に恐れることなく、俺を守ってくれた。
なんで、こんなに優しくしてくれるの?
そんなことされたら、
お母さんのことが嫌いになっちゃう。
与那嶺瑠唯
健太、今日は俺の家来る?
だけど、今一緒にいたいのは瑠唯だから。
結局、優しくしてくれる瑠唯に俺は甘えてるだけだけど、
今はお母さんのことを考えたくない。
神谷健太
グスッるい…
与那嶺瑠唯
ん?
神谷健太
助けて…
ずっと言いたかったこの言葉。
瑠唯なら信用していいんだよね。

プリ小説オーディオドラマ