あれから、数人が弾き終わり審査に入った。
僕が入ってないことは言うまでもない。
朝比奈さんの言うとおり、ミスタッチがあった。
それも何回も。
でも、気にしてない。
もう、こんな季節も11回目だ。
そして、授賞式。
朝比奈さんはほぼ全ての賞をとった。
僕は席から拍手を送る。
やっぱり朝比奈さんはすごい。
あそこまで弾けたらもっと楽しそうなのに。
彼女はそれをしない。
せめて僕は僕の最期を朝比奈さんを助けるために使いたい。
彼女が楽しく弾けるその未来まで僕は生きていたい。
僕はすくっと席を立ち、彼女のもとへ向かった。
少し歩くと廊下で彼女と会った。
「朝比奈さん。」
手には数枚の賞状を抱えて下を向いていた彼女はふと顔を上げた。
「……何でしょうか?」
彼女はちょっとだけ鬱陶しそうな表情をする。
それもそうか。
だって僕の名前すらまだ知らないのにこんなに自分の内面に関わってこようとするんだから。
しかも僕は『朝比奈さん』なんて呼びかけてくるし。
「僕……あなたが何故そんなに悲しく弾くのか、気になってしまうんです。おせっかいだということも知ってます。」
「それでも僕はあなたに楽しく弾いてほしい。」
「あなたが奏でる音色はあなたのものだから…!
朝比奈さんはきっといい奏者になるから…!」
「だから理由を聞かせてほしい……です。」
朝比奈さんは瞬間叫んだ。
「もう、いいの!今更なの!放っておいて」
僕の隣を走っていった。
「あ、待って朝比奈さん!」
僕もその後を追いかけた。
彼女はコンクール会場の自動ドアから外へ走る。
周囲の人はしばし何事かと僕たちを見ていたが、ふと興味を無くしたようにまた手元のスマホに視線を移した。
「ねぇ!朝比奈さん!危ないからもう走ら…ない……で…………」
僕は喘息でその場に座り込んでしまった。
きっと僕の声なんて聞こえてない……。
「………ぁ………!」
自動ドアが閉まる直前、僕の目には赤信号なのに突っ込んでくるトラックと青だから走った朝比奈さんが見えた。
キキィィッ!
ブレーキ音と鈍い音がした。
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編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!