第17話

17話
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2023/04/15 04:00
杉早暁斗
杉早暁斗
……変なこと言ってごめんね。練習しようか
 暁斗君は小さく微笑むと、ピアノに向かう。けれど私の頭の中ではさっき暁斗君に言われたこと、それから未冬ちゃんのおかげで気づいてしまった自分の中の感情の整理がつかず、どこか上の空のままだった。
 暁斗君にも「今日は練習、やめとこうか」と言われ、久しぶりに殆ど練習することなく、自宅へと帰った。
 ベッドに転がると、余計に今日のことを思い出してしまう。暁斗君の言葉に、もしかしたら、なんて期待をしてしまいそうになる。
時岡和花
時岡和花
(もしかしたら、暁斗君も私のことを――)
 けれどすぐに思い直す。暁斗君も言っていたけれど、幽霊なのだ。触れることすら叶わない。もしかしたら両想いかもしれない。でも、だとしてもどうなるというのだろう。いや、どうにもなんてならないことは私たちが一番良く知っていた。
 ――結局、この日の夜は上手く眠れなかった。
 
 
 翌日、学校の昇降口から教室に行く途中、担任に呼び止められた
担任
時岡、ちょっといいか
 そういえば、あの日もこんなふうに声をかけられて、旧校舎の音楽室で練習することになったな、と思い出す。結果的には声が出るようになったのも、暁斗君と出会えたのも担任のおかげ、と言えるのかもしれない。そう思うと少しは感謝をするべきなのだろう――。
担任
そろそろ旧校舎の音楽室の鍵、返してくれるか?
時岡和花
時岡和花
……え?
 感謝しなければ、と思った私の心を打ち砕くような担任の言葉に、私は目の前が真っ暗になった。
時岡和花
時岡和花
な、え、今、なんて……
担任
だから、旧校舎の音楽室の鍵だよ。声が出るようになって歌も歌えるようになったって聞いたぞ。ソロパートも任されることになったなんて凄いじゃないか
時岡和花
時岡和花
ありがとう、ございます……
 それと旧校舎の音楽室の鍵を返すのに一体どういう関係が。喉元まで出かかった疑問の答えは、私が尋ねるよりも早く担任の口からついて出た。
担任
声が出るようになったなら、もうあそこで練習する必要もないだろ。本来、旧校舎は許可のある生徒以外は立ち入り禁止になってるんだ。時岡が通っていることがバレたら面倒なことになる。だから、ほら
 ほら、と言いながら担任は手のひらを私に向ける。今すぐ返せというように。そして私がそうすることが当たり前だと言わんばかりに。
 私はポケットに入れた鍵を――黒鍵と一緒にギュッと握りしめた。
時岡和花
時岡和花
あ、の
担任
ん?
時岡和花
時岡和花
もう少しだけ、鍵、借りていちゃダメでしょうか?
担任
どうしてだ?
 そんなことを言われるなんて思ってもみなかったのか、驚いたような表情を浮かべると、担任は私に尋ね返す。教室に向かう生徒たちが、私たちをジロジロと見ながら廊下を歩いて行くけれど、気にしている余裕はなかった。
時岡和花
時岡和花
えっと、その練習をしたくて
担任
そんなの音楽室ですればいいだろ。クラスのみんなも放課後、音楽室や教室でしてるって聞いたぞ
時岡和花
時岡和花
で、でも、えっと、あの、ソロパートの練習をしたいんです……! 通しで歌うより部分的に練習したくて。そうなると他の子達の邪魔になっちゃうと思うし……
 苦しい言い訳だとはわかっている。それなら他の教室でしたらいいと言われたらそれまでだ。でもそれぐらいあの場所を今すぐ取り上げられたくなくて必死だった。
担任
…………
 暫く考えるように黙ったあと、担任は「仕方ないな」と呟いた。
担任
そんなに時岡が頑張ろうとしてるなんて知らなかった。そうだな、こっそり練習して、本番ではクラスのみんなや先生のことを驚かせてくれよ
時岡和花
時岡和花
それじゃあ……!
担任
返してもらうのは、合唱コンクールが終わってからにするよ
時岡和花
時岡和花
え……
担任
あ、真下。ちょっといいか
 話は終わりとばかりに、近くを通りかかった一年生に担任は声をかけた。どうやら顧問をしている数学研究部の生徒のようで、今日の部活について話し始めた。
担任
ん? 時岡はもう行っていいぞ
時岡和花
時岡和花
……はい、失礼します
 頭を下げると私はその場をあとにした。
 合唱コンクールが行われるのは文化祭一日目。つまり、今度の土曜日だ。今日火曜日なのでもう一週間もない。
時岡和花
時岡和花
(暁斗君と過ごせるのも……今日を含めてあと五日……)
 同じ時間を生きることのできない暁斗君とは、いつかは必ず別れが来ると思っていた。でも、こんなに早くだなんて思ってもみなかった。
時岡和花
時岡和花
(もうすぐ……暁斗君と会えなくなっちゃう……)
 その日の授業中、何度も何度もそのことばかりを考え続けた。
 放課後、私は旧校舎の音楽室へと向かう。想いを伝えようなんて思わない。でも、それでも少しでも暁斗君のそばにいたかった。
 けれど、動揺はどうしても歌に出てしまう。
杉早暁斗
杉早暁斗
和花? どうしたの?
時岡和花
時岡和花
あ……
杉早暁斗
杉早暁斗
今日は歌う気分じゃないのかな?
時岡和花
時岡和花
そういうわけじゃ、ないけど……
 俯いて黙ってしまった私に、暁斗君は演奏の手を止めると、ふっと微笑んだ。
杉早暁斗
杉早暁斗
少し、話をしようか
 暁斗君は近くの席に座ると、私を手招く。
 隣に座った私は、いつもとは違う距離に鼓動がうるさく鳴り響くのを感じる。
 隣の席に座る暁斗君は、まるでクラスメイトのようで。もしも暁斗君が生きていれば、こうやって二人並んで授業を受けることができたのかな、とか授業中内緒話をして怒られたりすることもあったのかなとか考えただけで頬が緩み、それから胸が痛くなった。
 そんなことは有り得ない。あり得るはずがない。だって、暁斗君は――。
時岡和花
時岡和花
(幽霊、なんだから)
 薄らと向こう側が透けた私の好きな人は、隣の席で何かを考えるように頬杖を突いていた。

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