第18話

18話
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2023/04/22 04:00
 頬杖を突いた暁斗君は、私の方に顔を向けると優しく微笑んだ。
杉早暁斗
杉早暁斗
もうすぐ合唱コンクール本番だね
時岡和花
時岡和花
そう、だね
杉早暁斗
杉早暁斗
緊張してる? さっきいつもより歌いにくそうだったから
 上の空だった私を言葉で傷つけないように『歌いにくそうだった』と濁してくれる。私は少し考えて、頷いた。
時岡和花
時岡和花
緊張、も……してる。音楽の授業以外で、人前で歌を歌う経験なんて校歌とか国歌斉唱ぐらいだし
杉早暁斗
杉早暁斗
たしかに
 私の返答に暁斗君は笑う。そして真っ直ぐに黒板を見つめながら口を開いた。
杉早暁斗
杉早暁斗
僕が死んだのも今ぐらい、それこそ合唱コンクールの前日だった
時岡和花
時岡和花
え……?
杉早暁斗
杉早暁斗
ここ何年かこの学校では合唱コンクールは行われてなかったみたいだけど、僕が生きている頃は毎年合唱コンクールがあって、僕はその年のクラスの伴奏に決まってたんだ。ピアノが好きだったから嬉しくて。当時は男子がピアノを弾くなんて珍しかったからか、揶揄われたりもしたけど気にならなかった。だって好きなことをするのに、誰かの目を気にする必要なんてないからさ
 道理で、暁斗君はピアノが上手いはずだ。楽譜を見ることなく合唱コンクールの課題曲も、それ以外の曲も弾いてしまえるぐらいには、身体が、指がピアノに慣れ親しんでいたのだろう。
杉早暁斗
杉早暁斗
でもね、合唱コンクールの前日。翌日が本番だからって少し遅くまでクラスメイトと練習をして、その帰り道――僕は事故に遭った。脇見運転をしていた車に轢かれてしまったんだ
時岡和花
時岡和花
そんな……!
杉早暁斗
杉早暁斗
目覚めたら、この場所にいたよ。最初はどうしてここにいるのかわからなかった。合唱コンクールはどうなったんだろうって。僕が弾かなきゃみんなが歌えないのにって。……でも、ここから出ることも、そして――授業を受けに来たクラスメイトに話しかけることもできなかった。それで、ようやく気づいたよ。僕は死んで幽霊になったんだ、ってね
 淡々とした口調で暁斗君は話す。感情のこもっていない声。それが余計に、どれだけ悔しかったか辛かったかが伝わってくるようで、胸が痛かった。
 日が暮れるのが早くなり、音楽室に西日が差し込む。暁斗君の顔がオレンジ色に染まり、泣いているように見えた。
時岡和花
時岡和花
暁斗君……
杉早暁斗
杉早暁斗
だから今こうやって和花が合唱コンクールで歌う曲の伴奏ができて嬉しいんだ
時岡和花
時岡和花
……っ
 微笑む暁斗君に胸が痛くなる。
杉早暁斗
杉早暁斗
あの頃、やりきれなかったことを今、こうやってもう一度できているようで
 そんなわけない。暁斗君が弾きたかったのはクラスメイトと出るはずだった合唱コンクールで、私の伴奏じゃない。なのに……。
時岡和花
時岡和花
……私、も。暁斗君に弾いてもらえて嬉しい
杉早暁斗
杉早暁斗
そう言ってくれてありがと
 一生懸命、歌おう。暁斗君が弾くはずだったクラスメイトの分まで、最後の日まで精一杯歌おう。
 ……でも。
時岡和花
時岡和花
(合唱コンクールの日なんて、来なければいいのに)
 そうしたら、ずっとこうやって暁斗君のそばで歌っていられるのに。
杉早暁斗
杉早暁斗
合唱コンクール、終わって欲しくないな
 まるで私の心を読んだかのような暁斗君の言葉に、一瞬驚き、それから頷いた。
時岡和花
時岡和花
うん、私もそう思う
 暁斗君が、同じことを思ってくれたのが嬉しい。想いは同じじゃないかもしれない。でも今、こうやっている瞬間、きっと私たちの中に芽生えている、この時間の終わりを惜しむ気持ちは同じだと思うから。
杉早暁斗
杉早暁斗
そんな顔しないで
 自分ではわからないけれど、私の顔を見た暁斗君は眉をハの字にして小さく笑った。
杉早暁斗
杉早暁斗
合唱コンクールが終わっても、遊びに来てよ
時岡和花
時岡和花
あ……
 私は今日の朝にした担任との会話を思い出す。
担任
『返してもらうのは、合唱コンクールが終わってからにするよ』
 ここの鍵を、私が自由に使えるのは――。
杉早暁斗
杉早暁斗
和花?
時岡和花
時岡和花
……担任から言われたの。合唱コンクールが終わったら、ここの鍵を返すようにって
杉早暁斗
杉早暁斗
……そ、っか
時岡和花
時岡和花
(ああ、きっとさっきの私もこんな表情をしてたんだ……)
 隣の席で泣きそうな表情で無理矢理口角を上げようとする暁斗君に胸を締め付けられるような痛みが走る。
時岡和花
時岡和花
……遊びに来る!
杉早暁斗
杉早暁斗
え?
時岡和花
時岡和花
どこかの鍵、こっそり開けといてさ、鍵を返しても遊びに来るよ
 暁斗君に会いに来る、とは言えなかった。でも。
杉早暁斗
杉早暁斗
ありがとう。……だと、嬉しいな
 私の気持ちが伝わったのか、暁斗君は少し寂しそうな表情を浮かべながらも先程よりは自然な笑みを浮かべていた。
時岡和花
時岡和花
……ねえ
 ふと思い出して、私は暁斗君に声をかけた。
杉早暁斗
杉早暁斗
どうしたの?
時岡和花
時岡和花
私が初めてここに来た日に、暁斗君が弾いていた曲、あるでしょ? あの曲、また聞きたいな
杉早暁斗
杉早暁斗
……いいよ
 ふっと優しい笑みを浮かべると、暁斗君は席を立ちピアノの前に向かう。私はその場を動くことなく、音楽室に鳴り響く暁斗君の奏でる音色に聞き入る。
 弾き終わった暁斗君に、私は何気なく尋ねた。
時岡和花
時岡和花
この曲のタイトルって何?
 少しだけ躊躇うように間を開けたあと、暁斗君は答えた。
杉早暁斗
杉早暁斗
ショパンの別れの曲だよ
 と――。まるでそれは、数日後に訪れる私たちの別れを示唆するような曲名だった。

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