頬杖を突いた暁斗君は、私の方に顔を向けると優しく微笑んだ。
上の空だった私を言葉で傷つけないように『歌いにくそうだった』と濁してくれる。私は少し考えて、頷いた。
私の返答に暁斗君は笑う。そして真っ直ぐに黒板を見つめながら口を開いた。
道理で、暁斗君はピアノが上手いはずだ。楽譜を見ることなく合唱コンクールの課題曲も、それ以外の曲も弾いてしまえるぐらいには、身体が、指がピアノに慣れ親しんでいたのだろう。
淡々とした口調で暁斗君は話す。感情のこもっていない声。それが余計に、どれだけ悔しかったか辛かったかが伝わってくるようで、胸が痛かった。
日が暮れるのが早くなり、音楽室に西日が差し込む。暁斗君の顔がオレンジ色に染まり、泣いているように見えた。
微笑む暁斗君に胸が痛くなる。
そんなわけない。暁斗君が弾きたかったのはクラスメイトと出るはずだった合唱コンクールで、私の伴奏じゃない。なのに……。
一生懸命、歌おう。暁斗君が弾くはずだったクラスメイトの分まで、最後の日まで精一杯歌おう。
……でも。
そうしたら、ずっとこうやって暁斗君のそばで歌っていられるのに。
まるで私の心を読んだかのような暁斗君の言葉に、一瞬驚き、それから頷いた。
暁斗君が、同じことを思ってくれたのが嬉しい。想いは同じじゃないかもしれない。でも今、こうやっている瞬間、きっと私たちの中に芽生えている、この時間の終わりを惜しむ気持ちは同じだと思うから。
自分ではわからないけれど、私の顔を見た暁斗君は眉をハの字にして小さく笑った。
私は今日の朝にした担任との会話を思い出す。
ここの鍵を、私が自由に使えるのは――。
隣の席で泣きそうな表情で無理矢理口角を上げようとする暁斗君に胸を締め付けられるような痛みが走る。
暁斗君に会いに来る、とは言えなかった。でも。
私の気持ちが伝わったのか、暁斗君は少し寂しそうな表情を浮かべながらも先程よりは自然な笑みを浮かべていた。
ふと思い出して、私は暁斗君に声をかけた。
ふっと優しい笑みを浮かべると、暁斗君は席を立ちピアノの前に向かう。私はその場を動くことなく、音楽室に鳴り響く暁斗君の奏でる音色に聞き入る。
弾き終わった暁斗君に、私は何気なく尋ねた。
少しだけ躊躇うように間を開けたあと、暁斗君は答えた。
と――。まるでそれは、数日後に訪れる私たちの別れを示唆するような曲名だった。















編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!