「偽ってつづり続ける言葉になんの意味があったんだろうね。
随分むかしに僕は存在しなくなっていたのに。」
『晴れ渡った空に傘をさすようなものだよ。無意味と言ってしまえばそこまでだけれど、日除けにはなるんじゃないかい。』
「本来の役目はまったく果たさないままの自己満足、僕はそんなものが欲しかったんじゃない。誰かの理想になりたかった。例えば君とか。」
『それはまた難しい話だね。造られた美しさを知ってしまえばそれまでだよ。向上は望めない。』
「儚ければ儚いほどそれは僕の描いた形だ。
儚さをこの手で生み出す方法なんてそこら辺に転がっている。僕はたまたまそのうちのひとつを拾ってしまっただけだ。」
『じゃあ、ミロのヴィーナスみたいに何か捨てればいいさ。両腕を捨てた彼女はとても魅力的だと思わないかい。』
「そうだね。失わなければ得られないものもあると誰かが言っていたよ。·····確かに僕には無駄が多すぎたみたいだ。」
_______________君がいらない。
『え?』
僕はずっと君を追いかけていた。追いかけるものがなければ、こうやって苦しむこともないのに。
「ああ、おっかしいなぁ。」
こんな単純な定理が分からなかったなんて、フェルマーに笑われてしまうよ。
君の存在が僕を縛り付けていたんだ。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!