第13話

雪猫はひまわり畑の夢を見るか 第3幕
46
2018/05/14 14:56
猫が目を覚ますと、体に違和感を覚えた。
前足でなく、手がある。
尖った耳はなく、頭にだけ大量の毛が生えている。
猫は人間になっていた。
白い髪に透き通るような白い肌の女の子に。
白いワンピースを来ていたのは、天の声の気遣いだろうか。

今までよりも高い視点に怯えながらゆっくりと立ち上がる。
二本足で立つのはバランスが取りにくい。
塀にしがみつきながらゆっくりと歩く。

しばらくすると、コツが掴めてきたのか、跳ねてみたり、走ってみたり、しゃがんでみたり、ぴょんぴょんと飛び回った。

しばらく人間の体を堪能していると、男が通りかかった。
首からカメラをさげて、この時間によく散歩しているのだ。

元白猫は男の前に飛び出して、触れないように、触れられないように注意しながら話しかけた。

「お、おお、おはよう!ございます?」

「お、おはよう?」

慣れていない元白猫の変な挨拶に、男は少し困ったように返す。

「あの、あの!この間はありがとうございました!」

男はさらに困惑した顔をした。
こんな女の子を助けただろうか。
思い出そうとして女の子をまじまじと見ていると、言葉に詰まってモジモジしている女の子の手に見覚えのあるハンカチが巻いてあるのを見つけた。

「もしかして、側溝に落ちていた白猫?」

女の子の顔がぱあっと輝いた。

「ああ、当たりみたいだけど、大丈夫?正体を知ったからには……とか無い?」

なんだか困らせてしまったようだと気づき、元白猫は必死で弁明する。

「大丈夫です!たぶん。私がしちゃいけないのは一つだけで、あなたと触れることだけなので!」

「ん。そうなのか。しかし触れちゃいけないなんて厳しい条件だね」

まるで触りたいともとれる男の発言に元白猫は体温が上昇するのを感じた。
人間になってからさらに心臓がドクドクするようになった気がする。
真っ赤になる元白猫に男が続ける。

「君の名前は?」

「名前……」

元白猫はしまったと思った。
ずっと野良猫だったから名前なんてない!
すると、ふと天の声が最後に言った言葉が思い浮かんだ。

“春に消え、触れても消える雪のような白猫か”

(今の私は、雪)

「私の名前は……ユキです」

自分の限界をいつも忘れぬように。
男に呼ばれる度に条件を思い出すように。

この時、ただの白猫は「ユキ」になった。

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