それは、何年か前までは望んでいた言葉だった気がする。
────今、この医者は何と言った?
……この病棟…?来ることはない…?
私は、口元を引き攣らせながら震える声で言った。
顔を上げ、服の裾を握り締める。
だって、そうじゃん。何で、どうして、今更…
─────足元が崩れ落ちる、音がした。
* * * * *
私はずっとずっと、病気が治ることを願っていた。
気が付いたら私はずっと病院にいたから、いつか薬がいらない体になって、外で走り回りたいと、七夕の短冊に何度も書いた。
でも、でも、それが、今叶うなんて聞いてない。
遅いよ。遅いよ。何でハルちゃんに出逢える前に叶ってくれなかったの?
何で今叶ってしまったの?
違うんだよ。今の私は、そんなこと望んでないよ。
望んでいるのは、ハルちゃんと一緒にいることだけだよ。
何でよ。何でよ。
今まで散々願ったのに叶えてくれなくて、なのに願わなくなったら今度は叶える?
おかしいよ。絶対におかしい。
どうして今なの?
神様は、私のことキライなの?
私はただ…
いつの間にか病室に戻っていた私に、ハルちゃんは読んでいた本を閉じてそう笑いかける。
栞には、あの写真を使っていた。
いつか見に行こうと約束した、海の写真。
私がハルちゃんに近付けずにいると、ハルちゃんは本を置いてこちらへ歩いてきてくれる。
あぁ、駄目だ。駄目だよ。
───その言葉に、私は息を詰まらせた。
ねぇ、ハルちゃん。私、退院するよ。
完治したんだよ。もう病院には来ないの。
だから、さようなら。
そう、言えば良いのかな。でも、そんなの…
どうしよう。ハルちゃんの顔が見られない。
怖いよ。言いたくない。でも言わなきゃいけない。
相当頑張って出したはずの声と言葉は、耳をかすめる程ばかりの小さなものだった。
あぁ、言っちゃった。
どうしようかな。私、走って病室出ていっちゃおうかな。
なんかもう、ハルちゃんの側にいるのが辛くなっちゃったかもしれない。
でも私、ハルちゃんの側にいたい。ずっと、ずっと。隣で笑っていたい。
だからさ、退院なんてしたくないよ。
まだ病気が治らないハルちゃんを、おいていけないよ。
嫌だな。嫌、だな…。
──────あぁ、ほら。
こんな顔したハルちゃんをおいて、どこへ行くというの。
無理だよ。こんな悲しそうに笑うハルちゃんをおいて、自分だけがこの世界を抜け出すなんて、そんなの。
無理、なんだよ。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。