「!……あなた、」
『え、累、ねぇ…どこ行くの?』
「…やっぱり気分が変わったんだ。」
『な、何言ってるの…?』
「…良いから。」
『え……?』
「僕はあなたを大事にしてあげたい。」
「特別なあなたを。」
「だから、少しここに居て。」
その言葉だけを残して、
私の火照った体も、快感も。
置き去りにして、
行ってしまった。
何でだろう…
何か、気付いたような、
さっき、いなくなるときに、
ハッとしたように目を見開いたから。
きっと何か訳があるんだろう。
あ、そういえば。
私、ここからどうしたら良いんだろう…
累は行ってしまった。
私はしっかりと着物を着て、
部屋の外を覗いてみる。
すると、ただ、暗く、
廊下が続いていた。
床は一歩踏み出すだけで、軋む音がする。
〝ここに居て〟とは言われたけれども、
そういうことにも行かない。
彼も、私の事を知らないけれど、
私も、彼の事を何も知らない。
名前は、累。
家族が沢山いた。
あ、あれ。
ここ、どこだろう…
さっきの部屋も、暗くてどこか分からないし。
とにかく、誰かに会えたら。
『ひゃっ………!!』
私が少し叫んでしまった理由。
それは、目の前に大きな、とても大きな鬼がいた。
記憶を思い出してみると、
確か、『父さん』と呼んでいた。
目の前の『お父さん』は、
私の目を見つめていた。
─────そうか、
私が、人間だから。
その時、自然に私の口角は上がり、
笑っていた。
可笑しな噺だ。
殺されるかもしれないのに、
喰われるかもしれないというに。
私が笑っているのだから。
いいや、でも殺されたって構わない。
ここへ来たのはそういう意味だったから。
私も、その怪物のような鬼────
『お父さん』の目を見た。
そして、私は『お父さん』へ、
『殺したいなら殺せばいい。』
『美味しくないけどね。』
私がそう言うと、『お父さん』は暗闇で光る、
水晶玉の様な目を向けて、
私へと殴りかかろうとした。
──────累には申し訳ないけれど、
私は、この世に居たって、必要が、無いから。
私はその拳を避けずに受ける気で立った。
────死ねるなら、構わない。
『累、ごめんなさい。』
ビュンッと、風を切る音が聞こえる。
「謝るなら僕に直接言ってくれない?」
暗く、静かな古びた廊下に、
冷酷な、累の声がした。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。