はぁ、と重いため息が狭い部屋の中で吐かれる。少しカーテンを開ければとても眩しく、そして暖かい日差しが窓から入ってくる。今日の天気は、彼女の今の感情と驚くほどに反対だった。
自分に言い聞かせるようにそういい、いつもつけているアゲハ蝶のイアーフックを右耳につけようとする。
なぜか左耳に上手くつけられないイアーフック。それは、このイアーフックが、「銀条シャチ」からもらったものだからだろうか。
「銀条シャチ」は、「紅島アゲハ」にとって、最初で最高の友達だった。元々2人ともいじめられていたという境遇にいたからなのか、はたまた運命か。初めて会ったときから2人は磁石のように引き寄せられ、そしてあっという間に仲良くなった。
だからこそ、なのだろう。ちょっとしたすれ違い、彼女がこんなに落ち込んでいるのは。
さて、こんなふうに自分で昨日のことを思い出されたとしてもおそらくピンとこないだろう。そのため、少しだけ回想を挟むとしよう。
長くつやつやとした黒髪を揺らしながら、自分よりも身長の低いアゲハを見る。シャチは、自分の手を後ろに回し、手の中にあるものを見られないようにアゲハに近づく。
あまり上がらない口角を少しあげ、頬を緩ませるシャチ。
そして、シャチが後ろに回していた手をアゲハに向けて差し出した。
ぴしり、と時間が止まった気がした。「なんで」という疑問だけが頭の中を駆け巡った。
なんで、そんなに新しいイアーフックに変えて欲しいの?
なんで、このイアーフックがもういらないみたいなことをいうの?
…なんで?あの約束を、忘れたの?
混乱したような表情のシャチを残し、彼女は教室から出て行った。
…彼女たちがその日、顔を合わせることも話すこともなかった。
ぶつぶつとそう呟きながら学校へ行くために玄関へ向かう彼女。表情は相変わらず暗く、足取りもどこかおぼつかない。
「シャチに早く謝らないと」
そのような思いと責任感が今の彼女を押し潰している。
だから、なのだろう。いつもなら耳に入るはずのテレビのニュースが、彼女には聞こえなかったのは。
それ以外、何も考えられなくなっていたから、こんなにも大切なニュースを、聞き逃したのだろう。
『次のニュースです。椿が丘中学校に通う「銀条シャチ」さんが、交通事故で亡くなりました。』
こいつは殴っておきます(^ ^)
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。