〈iemon side〉
そう言って、優しく微笑む。
ここの桜に見劣りしないほど可憐な笑顔だ。
言われた通り祠の前に立ち、振り返る。
もう何度見たか忘れた1本の鳥居は、
相も変わらず仰々しくそこに鎮座していた。
始めて見たときには帰りたくてしょうがなくて気を払う余裕すらなかったのに、今はこの景色がひどく愛しく感じる。
その中、鳥居の真ん中に彼女は立っていた。
柔い風が吹き、頬を撫でる。
彼女のつけている狐の面が、桜色の髪と共に揺れた。
赤い紐が宙を微かに舞い、また、落ちた。
巫女服の袖が、はためく。
忘れたくない、ずっと覚えていたい。
そう思わせるを得ない、そんな世界だった。
鈴のついた、不思議なお守り。
神社の名前も、なにを守ってくれるのかも、
なにも書いてない。
そんなところに、彼女の謙虚さを感じた。
お守りの紐は、彼女の面と同じ赤い紐だった。
どこかで、猫の鳴き声が聞こえた。
…言った。言ってしまった。
面倒な奴だと思われたかもしれない。
そっと盗み見た彼女は、
変わらず優しい笑みを浮かべていた。
「あなた"も"」。
薄々察してはいたけれど、やはり彼女は…
目を伏せ、言われる。
いつも通り、落ち着いた声だった。
ただ、少し…笑顔が、陰った気がした。
そういってまた微笑まれた。
さっきより、頼もしい笑顔だった。
彼女は、お払い棒を構えた。
よく聞き取れない声で、
よくわからない言葉を言って___
俺の体が、宙に浮いた。
強い風が吹く。
段々と空に昇り、背後には不可思議な穴ができていた。これが前に言われてた、"時空の穴"というやつだろうか。
ぐさおさんが、大きく腕を降る。
ばさりばさりと巫女服の袖がはためき、
桜色の髪が派手に煽られる。
りん。
どこかで、鈴の音が聴こえた。
ここに来るときに聴いた音だった。
ああ、ああ。
帰って、しまうんだ。俺は。もう。
この世界には、戻れないんだ。
超次元的出来事が起きていても、案外脳内は冷静だった。
…いや、思い返せばここに来てからの出来事なんて全てが超次元なことだったか。
驚いたように口に手を当てている。
そんなのも気にせず、ありったけの力で叫ぶ。
大きな声で、返してくれた。
目尻におかれた紅が、新緑色の瞳と共にこれでもかというほど細められる。
今までに見たこともないような、綺麗な表情だった。
それを踏ん切りに、視界が闇に飲まれていく。
ゆっくり、少しずつ、意識が途切れていく中。
俺は初めて、彼女の笑顔が壊れるのを見た。
目が覚めた。
ここは?俺はいったい、なにを?
目の前には枯れた桜並木と古ぼけた石畳があった。
所々にヒビの入った石段の遥か先には、
塗装の禿げた鳥居が見えた。
…ああ、そうだ…俺は、ここの神社の噂を解明しようとしてたんだったか。
だったら、俺は、なんで……
なぜだろう、こんなにも物悲しい気持ちになるのは。
なぜだろう、胸が締め付けられるような感覚になるのは。
おかしい。
俺は、ここに来たことなんてないはず。
そう、ここに来たこと、なんて___
りん。
どこからか鳴った鈴の音。
不思議に思いあたりを漁ってみると、
ポケットからお守りを発見した。
変なお守りだ。なんの文字も書いていない。
これじゃあなにを守ってくれるのかわからないじゃないか。
そもそも俺、こんなもん持ってたか…?
変な感覚だ。
なんでか…この先には、行かない方がいい気がする。
ただの勘じゃない、もっと強いなにか…
…例えば、神様からのお告げのような。
なんか調子が狂う。
こんなときには観光をやめて、とっとと帰るのが聡明だ。
そう思い、踵を返し、神社を後にする。
駐車場への道を辿り始める。
真っ白な猫が、にゃあと鳴いていた。
「もう、来てはいけませんよ。」
落ち着いた女性の声。
慌てて周りを見渡すも、人っ子一人いなかった。
空耳か。いよいよ熱でも出たのかもしれない。
今は午前二時、丑三つ時だ。
早く帰って横になろう。
そう思い、帰る足を早めた_______。
もう誰も来やしない。
もう誰も拝みやしない。
もう誰も、参りやしないから。
寂しかった。連れていきたかった。
あんなの嘘、ここにはもう神なんていない。
ここにいるのは、妖怪と、獣と…
囚われの身となった、化け物だけ。
でも、欲のままには動けなかった。
なぜか?
答えなんてとうにわかっている。
言葉はもう意味を成さない。
ただ、敢えて声に出すのであれば______
「私の、独りよがり……ですよね」
さあ、掃き掃除をしよう。
する意味なんてなくても、来る人がいなくても、
これが私のお役目だ。
そこのけ、そこのけ。
人間達、立ち入ることなかれ。
ここは神域、神の御前。
神の住まう場であるのだから。
Fin.
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編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。