第8話

バレンタインデーは誰にあげる?

彼らの冷ややかな視線が、店長に向けられる。


怒っているのか、拗ねているのか。
久留 柑奈
久留 柑奈
あの、どうしたんですか?
伊豆 純弥
伊豆 純弥
柑奈ちゃんは何も心配しなくていいよ
久留 柑奈
久留 柑奈
飴谷 慧斗
飴谷 慧斗
柑奈、何が好きだって?
栗栖 柊伍
栗栖 柊伍
あ、いや。
今のは、その……違うんだ

店長は両手を前に出して、何やら弁解を始めた。
久留 柑奈
久留 柑奈
違うって……店長、私は嘘言ってませんよ?
店長の作るスイーツが好きだって話をしましたよね?
栗栖 柊伍
栗栖 柊伍
ああ、うん。
そうだよ?

店長は苦笑いを浮かべ、頭を掻きだした。
久留 柑奈
久留 柑奈
今まで食べた中で、ミラージュのが一番好きだっていうのは本当です!
慧斗くんだって、ここでアルバイトしながら勉強させてもらうくらいだから、好きでしょ?
飴谷 慧斗
飴谷 慧斗
ま、まあ……、そうだな。
自覚はしてなかったけど、『好き』……なんだろうな
久留 柑奈
久留 柑奈
なんでそんなにしどろもどろなの……?

慧斗くんはなぜか、照れくさそうに目を泳がせる。
伊豆 純弥
伊豆 純弥
はっはー。
大体の事情は分かった。
柊伍も子どもっぽいことするなぁ
栗栖 柊伍
栗栖 柊伍
……あまり掘り返さないでほしいな
久留 柑奈
久留 柑奈
(どういうことなんだろう? 男性同士で通じ合ってる……)

純弥さんが、店長の肩を叩いて笑う。


事情が分かっていないのは、私だけだ。


考えている間にも、純弥さんはテーブルの上にある残りの試作品に気付いて、椅子に掛けた。
伊豆 純弥
伊豆 純弥
俺も、柊伍のスイーツを初めて食べた時は感動した。
甘いものが苦手な人でも、普通に食べられるスイーツがこの世にあるのかって思ったな

そう語って、ガトーオペラを口にする。
伊豆 純弥
伊豆 純弥
……うん、うまい。
これなら、甘いものが苦手な相手でも、安心して渡せるんじゃないか?
バレンタイン限定ってのがもったいないくらいだな。
ああ……なんかコーヒー飲みたくなってきた

その言葉を聞いた慧斗くんも席に着き、同じように試食した。


彼のOKが出れば、これで完成だ。
飴谷 慧斗
飴谷 慧斗
……!
こんなに良くなるなんて……。
やっぱり、さすがです……
栗栖 柊伍
栗栖 柊伍
やった……!
じゃあ、これでいこう。
みんな、協力してくれてありがとう

満場一致で、期間限定の新作スイーツが完成した。


いつもこの瞬間は、「早くお客さんにも食べてもらいたい!」という気持ちで、胸が一杯になる。
栗栖 柊伍
栗栖 柊伍
限定個数、どうしようかな……。
予約分と当日分は分けた方がいいかな?
飴谷 慧斗
飴谷 慧斗
混雑防止のために、時間帯で販売数を分けた方がいいんじゃないですか?

店長と慧斗くんが、閉店作業をしながらそう話し合う。


純弥さんはエスプレッソマシンの手入れをしながら、フロアの掃除をする私の方へと体を傾けた。
伊豆 純弥
伊豆 純弥
柑奈ちゃんは、バレンタインって誰かにあげるの?
久留 柑奈
久留 柑奈
え?

考えてもいなかった質問にきょとんとすると、店長と慧斗くんが同時に手を止めた。


【第9話へつづく】