第86話

-雨に駈ける- 三
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2023/05/29 14:58


ジェハ
うわ、凄い雨だ……あ、


苦しみに悶えるシーラちゃんと共にこの身一つで飛び出した僕は、屋根付きの石造りの椅子がある場所を見つけそこへ駆け込んだ。

…うーん、駆け込んだはいいものの、こんな硬い椅子に彼女を寝かせるのは気が引ける…

そう思った僕は、彼女の頭を自分の膝に乗せて、膝枕状態にした。



シーラ
……ん
ジェハ
大丈夫かい…?
シーラ
……あぁ、マシになったよ。ハア……


呼吸も安定しているようだし、口調もしっかりしている。先刻さっきよりは楽になっただろう。
ただ、しんどそうなのに変わりは無い。

彼女は額に手を乗せ溜息をついた。



シーラ
あーあ……やっちまったねェ
ジェハ
やっちまったじゃないでしょ。ホント吃驚びっくりしたんだから
シーラ
ふ……あぁ、あんた寝間着一枚でこんな雨ン中…毛布使うかい?
ジェハ
大丈夫だよ、そんな寒くないし。君が使って
シーラ
悪いね


すると城の方からキジャ君達が走って来るのが見えた。



キジャ
シーラ!
シーラ
あーあー雨ン中走ってきて、あんたらも寝間着ずぶ濡れじゃないか
キジャ
そんな事言っておる場合か!
シンア
シーラ大丈夫……?
シーラ
……外に出たからねぇ、今はだいぶマシになったよ
キジャ
………これは、一体どういうことなのだ
シーラ
っ!………その、ねぇ


キジャ君の声音が低く、あまりにも真剣な表情に流石のシーラちゃんもビクッとなった。僕も。

それくらい、彼も心配していたんだ。



ジェハ
キジャ君、心配で死にそーなのは分かるけど、シーラちゃんまだ痛みが引いたばかりなんだから、そんな急かさないの。ね?
キジャ
…うむ、すまぬシーラ。取り乱してしまい…
シーラ
あんたが謝ることは無い……言わなかった、私の自業自得さ。気にするんじゃないよ


彼女はそう優しく笑って答えるも、その笑みは普段のより弱々しい。
それに、またこの子は自分で何とかしようとしている。

そこへ、遅れてゼノ君がやってきた。



ゼノ
ハア、ハア…お前ら足速ぇな……老体には堪えるわい
シーラ
斉国で走って国王に激突したのを忘れたのかい?人の事言えんだろうに…
ジェハ
そういえばそんな事もあったね…
ゼノ
アハハ………おい、紫龍
全員


のほほんとした雰囲気から一転、突然真面目な表情でゼノ君が口を開いた。



ゼノ
お前、何日寝てない?
シーラ
う……最近
ゼノ
具体的に
シーラ
う………はぁ。武術大会辺りから。それまでは快眠では無いがそれなりには寝ていた
キジャ
武術大会だと?!それ、え、何日前の話だ!そなたずっと睡眠を摂っていなかったのか?!
シーラ
摂ってなかったというか、摂れなかった、というか……
シンア
摂れなかった……?


……それは、つまり、ずっと体調を崩していたのに、一人で我慢してたってこと?

………どうして、



ジェハ
どうして言ってくれなかったんだい?
シーラ
……それ、は
シンア
……俺らじゃ、頼りなかった…?
シーラ
っ違う!そうじゃない。あんたらが頼りないとか、そういう事じゃ、無くて…
シーラ
…違う、違うんだ。本当に全部、こうなったのも全て、私の所為せいで……
キジャ
シーラ…


皆そこで質問を止めた。
彼女があまりにも悲痛な表情カオをしていたから。

『自業自得』『私の所為』

これらの言葉を彼女は何度も繰り返していた。
彼女が何をしでかしたというのだろう。
こんなにも苦しめるなんて……



??
皆〜!
全員


そこへ、雨の中僕達の方へ走って来る小さな人影を見つけた。

あれは………ヨナちゃん?!



ジェハ
ヨナちゃん!
ヨナ
皆どうしたの…ってシーラ?!やだ、顔色悪すぎじゃない!大丈夫なの?
シーラ
ヨナ、大丈夫。大丈夫だから落ち着いて、ね?


青ざめるヨナちゃんの頭を撫で、彼女はゆっくりと起き上がった。



ジェハ
もう起きても平気かい?
シーラ
大丈夫。膝ありがとうね
ケイシュク
……これは一体、何があったのでしょうか?あなた方の物音が陛下の宮まで届いていましたよ


ヨナちゃんの後ろからやって来たケイシュク参謀が尋ねた。その後ろには衛兵が数名。
先刻さっきシーラちゃんが部屋で暴れた音が彼らにも聞こえてしまったようだ。

すると、シーラちゃんは笑って言った。



シーラ
こんな夜中に騒ぎ立てて悪かったね。一寸ちょっと気分が悪かっただけ……もう戻るから、スウォンには"問題無い"と伝えておくれ
キジャ
何を言う?!そなた緋龍城に居たから体調を崩したのであろうに
ヨナ
緋龍城に居たから……?
シーラ
…キジャ……
ケイシュク
説明をお願いします。場合によっては対処致しますので
シーラ
対処って……これはもう、どうにもなんないんだよ…


そう言って溜息をつく彼女の表情に疲弊が見え隠れしているのに気づいた。



ジェハ
ケイシュク参謀。悪いけど質問はまた今度にして欲しいな。彼女病み上がりでしんどいんだ
ケイシュク
宜しいよろしいのですか?聞こえた話によると、"緋龍城に居たから"紫龍殿はそのような状態になっているのでは?
ケイシュク
今戻ってしまえば、また痛みが再発してしまうと思うのですが


……彼の言う通りだ。
緋龍城あそこへ戻ってしまえば、先刻さっきみたいな状態へ逆戻りするのは目に見えている。

どうしようか……



兵士
なんだ、このオオカミは……っ?!
兵士
姫様と参謀の所へ向かっているぞ。止めろーっ!


すると、遠くで兵士達の叫び声が聞こえた。



ヨナ
オオカミって、まさか……
ケイシュク
姫、対処して参りますのでこちらでお待ちください


そう言って彼は兵士達のもとへ向かった。

すると、同様に兵士達の方を見ていたシンア君がハッとして言った。



シンア
シーラ、アルマがこっちに向かってる……!
シーラ
キジャ
アルマ?!ユンと居たのではないか?
シンア
後ろから、ユン追いかけて来てる。けど、兵士達は気づいてない


………百年連れ添っていたからかな。





アルマ君も、僕らのように魂で感じることは出来ないけど、相棒の不調に気づいたんだろうな。



ヨナ
……待って、兵士達がアルマに矢を向けてるわ!
全員
?!


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