第8話

生者の定め
3
2024/04/13 01:48
少年達は都市部から随分歩き、ようやく大きな墓地についた。
「傘とは便利ですね、買っておいて良かったです。」
「お前、傘を持ってなかったのか?」
黒山羊が信じられない、と普段は細めがちな目を開き、ルミシェに問いかけた。ルミシェは当たり前だ、というふうに首を傾げながら答えた。
「えぇ、まぁ。そもそも都市部に来たことがあまりありませんでしたし、村ではほとんど必要ないので…というか本当に、お二人とも傘いらなくていいのですか?」
「えぇ、大丈夫です。僕は雨もほとんど感じませんし。」
「私は傘など不要だ。」
「そうですか。ロンドさんはともかく、さっき驚いていたくせに、黒山羊さんはどうしてそんな頑なに…」
ルミシェが呆れたように言いかけたとき、黒山羊がルミシェの口を塞いだ。
「!?黒山羊さ―――――――」
「黙れ、悪魔の気配だ。」
黒山羊から睨まれ、少年は自分で自分の口を塞ぐ。そう言われると、確かに不穏な空気がする。

まさか、フラワー、なのだろうか。
「……丁度いい、祓い魔の練習だ。ルミシェは祈れ。何でもいい、自分の望みが叶うように、でもいい。」
「わ、分かりました。」
ルミシェが顔の前で手を組んで主の祈りを祈りだすと、何処からともなくうめき声が聞こえてきた。
「出てこい、下級悪魔ごときが。」
「え、フラワーでは無いのですか?」
「気配からして違う。だが、お前の祓い魔の練習には都合が良い。」
「同族としてどうなんですか、それ…」
少年がげっそりとして言うと、黒山羊ははっと鼻で笑った。少年にとっては以外な反応だった。
「私より下の悪魔には毛程も興味が無い。そいつらがどうなろうとも、"私"には関係無いからな。」
「そうなんですね…」
そういうところは、妙に悪魔らしいな、と納得していると、やがてその唸り声の悪魔が一つの墓標から現れた。
「オマエラ、ナンノヨウダ…」
たしかに、子悪魔とでも呼べる程のサイズで、ルミシェの祈りの効果か、やけに苦しそうだ。悪魔は祈りを嫌う、と黒山羊から聞いたが、本当のようだ。
「では、始めるか。ルミシェは念の為防御魔法の詠唱だ。」
「はい!う〜んと…」


「わ、わかりました。えっと…………」
黒山羊の合図で、今までちょこちょこ教えられてきたことを実践してみる。まずは脳内で、一番思い入れのある聖書の章を読み上げる。
「グアッ!?ァ゙、ァ゙ァ゙ァ゙ア゙!!」
「よし、効いてる…!」
「その調子だ、次は銀の十字架。」
苦しむ悪魔は祈っている最中は動けないため、その隙に銀の十字架で心臓を刺す。人狼のようだ。
「ヴァァァァ゙ア゙ァ゙ァ゙ァ゙!!」
刺された悪魔は断末魔の叫びを辺りに蒔き散らし、体を灰にし始めた。少年は十字を切って「アーメン。」と目を瞑った。

そこで終わり、と油断したのが仇となった。

悪魔が勢いよく逃げ出したのだ。


「あっ」



「ユルサネェ、ユルサネェ…!!セメテオマエ、ミチヅレ…!」



その悪魔が向かった先は――――――――
「ルミシェさんっ!!!」
「え」
舞い上がる鮮血の音と、雨の音と、悪魔の灰になる音が、まるで多重奏のように、脳内に響き渡った。



何故忘れていたのだろう。








生者は、いつか死ぬのだ。
次回「死者の定め」

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