髪をしまって帽子を被り、コンタクトを取る。
こんな俺が世間には知れてて人気なのか…。
そう思うと、改めて何だか少しモヤッとした。
俺、本当は女なんだけどな……
そう言い残すと、ジジイは歩き出し俺はポケットに手を突っ込みながらその後を追った。
それが実の娘に言う言葉かよ…
いつも通り、返ってくるのは"分かってる"。
本当に分かっているのかは俺には分からないけど。
ジジイを見て、軽い自己紹介と共に会釈。
今話題の女優、夕凪朱璃。今年で確か17歳。
17歳と言う若さでドラマの主人公に抜擢されたことから段々と有名なった…だったと思う、多分。
どっかの劇団にも所属してるとか聞いたことあるような気もするが、興味無いから名前は覚えてない。
朱璃さんと俺の身長差は同じくらいか俺の方が少し高いくらいだった。
まぁ、ネットで見た時に思ったのとあまり変わらない身長差だ。
絶対にこいつに対して使いたくない敬語でそう言い返すと俺はジジイ、朱璃さんと一緒にオーディション会場に向かった。
入るなり映画の監督がジジイに会釈をして、何やら話している。俺は朱璃さんと待つことになるのだけれど…
俺がナルシストだから言ったのではない、事実だから言えたのだ。
いろんなところの過去問を解いてみたが、全部満点で学校の内申もオール5だから問題無い。
おそらく、都立でも私立でも合格できる。
そう朱璃さんは微笑んだ。
内心はどうせウザがってるだろうけど、知らない。
俺は俺として生きるまでだ。
他者の俺に対する口出しは許されない。
やがて、ジジイの話が終わり監督とジジイがオーディションを受ける人達に軽く話をすると、スグに本番は始まった。
足を開き、腕を開き、表情を歪める。
こいつ、ナメてんのか?
演技だということが手に取るように分かる。
何で俺達の方を気にしてんだよ。
その後もハズレの連発だった。
どういうつもりでオーディションに参加したのか気が知れない。帰りたい。
でも、何人か俺の中でまぁ他と比べたら良い方の人は何人かはいた。
ラスト。ついに待っていた人がやって来る。
出席番号19、仲井知歌。
演劇部所属で演劇に集中する為に委員会は無し。
見た目だけだと完全の陰キャ。
しかし、風の噂では演劇にはうんざりする程うるさいらしく、またうるさくてもその腕は部でトップだとか何だとか。
頭は平均、運動は体力だけエグい。
特に何もしないことから立場としてはBが普通なのだが、内心は"勇気さえあればいじめられる"と思っている意外と黒い人。
まぁ、ランクはAよりのBといったところ。
秋の文化発表会とかで演劇部の劇は見るが、正直に言って全く印象に残らない。
俺の記憶にあるのはinfinity劇団とアイツだけ。
アイツとは同期の皇唯我。年齢は俺と同じ。
俺、黒崎錬は”神童”と呼ばれ唯我は”異才”と呼ばれた。
唯我は俺と共に有名になって、俺と共にテレビから姿を消した。
つまり、中学になったと同時に理由を誰にも伝えずに辞めた、ということだ。
……あぁ、この子は俺が…いや、黒崎錬が憧れなのか。
何とも言えない気持ち。
まただ。
こいつは何とも言えない気持ちにさせた上にそんなに劇が上手くないっていう本当にダルい気分にさせられる。
全ての人が終わり、俺達は別室へ。
スタッフが部屋を出たと同時に俺は立ち上がる。
ジジイは俺にそう聞いた。
俺は一番覚えている=一番良いからな。
一番、印象の良かった……あ、あの子。
あの子なら一緒の舞台に立ってもいいかなって思った……
そう言い残すと、俺はオーディション会場を後にした。
あの子ならきっと伸びるだろうから少し期待。
それよりも、知歌。
次のターゲットはアイツで決定だ……。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。