In 社員寮
作曲の合間を縫ってインターネットの中で漂流している時、一つの通知が来た。
「拝啓 初夏の兆しが見えてきたこの季節、ますますご活躍のことと存じます。私は歌手の柏と言うものです。本日は、作曲依頼のためこれを送付させていただきます。私は近頃活動を始めた歌手なのですが、、、」
うーん、まぁざっくりまとめると、
1、歌ってみた動画ばかり投稿してるから、1人の歌手としてオリジナル曲が欲しい!
2、予算は200万円!納期は2、3ヶ月後!
3、曲のイメージはあなたの活動名さん特有の爽やか系でいいよ!
的な事だった。
いや待って、予算200万は可笑しいだろ。
そこまで楽曲提供の依頼とか受けた事ないから分からんが、せいぜい1万くらいが相場じゃないのか?それで200万はバグってる。絶対2ケタほど打ち間違えてらっしゃる。相当な近眼か老眼(失礼)、はたまた財布の口がもはやダムの放水レベルで全開な金銭感覚の頭のネジが全て抜け落ちてしまった人(失礼)なのだろう。
とりあえず、この依頼人である柏さんについて調べてみるか…と思い、某動画サイトで 柏 歌手 と検索をかけてみる。
そこに出てきた『柏』というチャンネルをクリックし、スクロールバーを操って動画を漁る。
ともかく、一旦どんなものかと聞いてみようと適当な動画をクリックする。少しのロード時間を挟んだ後、ディストーション強めの荒々しいギターフレーズととともに曲が始まった。
男性…かな?にしては高い声だな。にしても歌めちゃめちゃ上手い…歌い方的に洋ロックとかも合いそう…。
まぁでも目下の目標はどんな曲を作るかだ。とりあえず、依頼を受ける事、そして予算を下げてもらう事をメールにして送ろう。
依頼とか久しぶりすぎる。気合いを入れなければ!
そう思い私は、目の前の音楽ソフトに向かい直した。
送信済みと表示されているメッセージを眺めて1人呟いた。
部下とカラオケに行った際、歌を褒められ、そのまま深夜テンションで某動画サイトで始めた歌手活動。今となってはかなり登録者も増え、順調に人気を伸ばしていた。
そんな中、動画のコメント欄で「自分の持ち曲はないのか?」という声が近々増えてきている。人気もかなり出てきたし、そろそろ必要かと思っている反面、持ち曲発表を待ち望む声が多いことに内心照れ臭く感じた。
少なすぎるよりはマシか、と思ったが依頼人はあのあなたの活動名だ。彼女の曲はよく聞くし、たまにカヴァーして歌ったりもしている。何より、音楽家として彼女をリスペクトしているのだ。
そんな時、広い部屋にノック音が鳴り響く。
1人の黒服がドアを開け、一礼して部屋に入る。
そう部下に返事を返し、〈柏〉専用として使っているパソコンを閉じる。
愛用の中折れ帽を被り直し、ひらりと外套を羽織って自室を後にしたのであった。











編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。