もう少しで、家に着いてしまう。
こんなに名残惜しくなるなんて、思わなかった。
福原くんは、辺りを見回しながら、何かを考えるように黙り込んだ。
先ほどよりも深く考え込んでしまう福原くんに、首をかしげる。
ポンッと顔に火がつく。
福原くんにとっては、きっと重要な言葉じゃない。
理央さんっていう女の子をかわすために、私を巻き込んでしまったことに対する、責任感があるというだけのこと。
私が過剰に反応してしまっただけ。
隣を見ると、綺麗な横顔が笑っている。
暗いところでも、彼の髪の毛が黒くないのが見て取れる。
風が吹くと、サラサラと揺れる。
家が見えてきた。
近くはないはず。
だけど、私もそう思った。
玄関先で、福原くんが踵を返す。
後ろ姿が、こちらに向かって手を振る。
背中が小さくなって、見えなくなるまで見送る。
同じ言葉を、噛み締めるように呟いて、胸に手を当てる。
もうそばにいないのに、声が離れない。
明日になれば、また会えるのに。
さっきまで一緒にいたのに。
出会って間もないのに、離れがたい。
もう声が聞きたい。
笑顔が見たい。
感じたことの無いこの気持ちの名前は、まだ知らない。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!